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【EURO2016】ポルトガルを初の欧州制覇に導いたエデルとは何者か?

SOCCER DIGEST Web 7/11(月) 11:18配信

苦労人がポルトガル優勝の立役者に

 フランスとのEURO2016決勝で、延長の109分に強烈なミドルシュートを叩き込み、ポルトガルに初の欧州制覇をもたらした褐色のストライカー、エデル。
 
 今大会はグループステージ初戦のアイスランド戦、第2戦のオーストリア戦で途中出場したものの、決勝トーナメントに入ってからは出番がなく、決勝までの出場時間はわずか13分に止まっていた、まさに脇役中の脇役である。
 
 決勝の79分に、若きスター候補生サンチェスを下げて、この28歳の大型FWを投入したF・サントス監督の采配に、首を傾げた向きも多かったのではないだろうか。
 
 だが、ピッチに立つや、エデルはその屈強な肉体を武器に前線でポストワークをこなし、104分にCKを頭で合わせてあわやのシーンを作ると、109分には値千金の決勝弾。指揮官の抜擢に、パーフェクトな形で応えてみせたのだ。
 
 本名はエデルジト・アントニオ・マセード・ロペス。西アフリカのギニアビサウ共和国で、1987年12月22日に生を受けたエデルは、10代でポルトガルに渡り、12歳の時にアカデミカでサッカー選手としてのキャリアをスタートする。
 
 しかし、その後のサッカー人生は苦難の連続だった。
 
 2010年にはアカデミカとウェストハム(当時イングランド2部)との間で進んでいた移籍交渉がクラブ間合意に至るが、本人はこれを望まず、一時的に姿をくらますという事件を起こしている。結果、移籍は消滅。この一件により、エデルはアカデミカの練習に参加することを禁じられ、もちろん試合にも出られなくなる。
 
 12年5月にブラガへ移籍すると、チームの得点源として活躍。だが、翌13年3月に靭帯を損傷し、残りのシーズンを棒に振ってしまう。12年9月11日のアゼルバイジャン戦でポルトガル代表デビューを飾り、さあこれからという矢先の怪我だった。
 
 迎えた13-14シーズンもコンディションは戻らず、ゴール欠乏症に。14年ブラジル・ワールドカップのメンバーにはなんとか滑り込んだが、本大会では3試合・0得点(先発は1試合のみ)となんのインパクトも残せないまま、チームもグループステージで敗退。「ただデカいだけの(188㌢・84㌔)、でくの坊」との印象を世界中に与えてしまった。
 
 15年7月にはプレミアリーグのスウォンジーへ移籍。しかし、ここでも13試合・0得点(先発出場は2試合のみ)と振るわず、この15-16シーズン途中にフランスのリールへレンタルで放出されるのだ。
 
 だが、この移籍がエデルの転機となる。
 
 リールではCFのレギュラーポジションを確保。途中加入ながら13試合・6得点(4アシスト)の好成績を残し、下馬評の低かったチームを5位に導くと同時に、ヨーロッパリーグ出場権をもたらす原動力となったのだ。
 
 今年5月には、晴れてリールへ完全移籍。4年の契約期間はクラブの期待の表われだが、こうして安住の地を得られたことによる精神的な余裕も、決勝でのハイパフォーマンスにつながったに違いない。
 
 強さと高さは魅力だが、シュート精度に難あり――。そんな評価も、あの大舞台での一撃をきっかけに、一気に覆してしまいそうな予感が漂う。
 
「アヒルの子が、美しく羽ばたいた」
 
 F・サントス監督は、殊勲のストライカーをこう称えた。
 
  新シーズン、ようやく日の目を見た苦労人が、さらなる飛躍を遂げたとしても、驚きはない。


 

最終更新:7/11(月) 18:47

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