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雨宮塔子さんが必ずチェックする 日本では考えられないパリの給湯事情

CREA WEB 7/11(月) 12:01配信

第21回:その日のお湯の使用量を頭の隅に入れておかないと

(第20回「理想のアパルトマンを見つけるための 雨宮塔子さんの細かなチェックポイント」のつづき)

 ひとつ書き忘れてしまった、限りなく譲れない条件に近いもの……。これは恐らく日本の皆さんには想像もつかないものだと思う。

 ズバリ、お湯が長時間もつかどうかであります。お湯の栓をひねりさえすれば24時間、延々とお湯が出てくる日本とは違い、原発大国のフランスでは夜間電力を利用する温水器、通称“タンク式”が主流なので、タンクの中のお湯を使いきってしまったら、水に変わってしまうのです。

 夜間電力、つまり夜間に翌日使うお湯を沸かし、タンクに貯めておくシステムということは、水になってしまったものが再びお湯になるまでには数時間から半日を要するということ。なので、その日のお湯の使用量を頭の隅に入れておかないと、シャワーを浴びている途中で徐々にぬるま湯、そこからは急速に水になって、修行僧のような心構えがいる破目になるのだ。

 このお湯のもち具合は、タンクの容量に比例する。たとえば、以前にも書いた、緑のツタが絡む欄干のある階段のついた家。元夫と子供たちの4人で住んでいたあのロフトメゾンもご多分に漏れずタンク式だった。が、アパルトマンというよりメゾンに近いつくりもあってか、タンク(しかも目にあまり美しくないこのタンク、この家はデザイナーの手が入っていたので、天井裏に見事に隠されていた)の容量が通常よりずっと大きかった。

 それなのに……。そこはお風呂好きの日本人家庭だからだろうか。浴槽に湯を張ることのほとんどない、シャワー派のフランス人家庭なら、家族4人(実際この家の前の住人は4人家族)が連続してシャワーを浴びても充分にもつ湯量でも、私たちは3人が限度。さいわい、元夫は帰宅が深夜だし、朝シャワー派だったので、それでもお湯の量に不満を感じることはなかった。

腰痛持ちのスタッフ2人に浴槽入浴を勧めた

 初めてこの家のお風呂の湯量は3人までだと気づいたのは、元夫が、ラボ(laboratoire〈製造所〉)で働いてくれているスタッフのみんなを家に招いた、ある冷えた冬の夜のことだ。それまでもスタッフと家でごはんを食べることは何度もあったのだけれど、この日は特に寒かったので、自宅に戻ればシャワーだけで、浴槽のついていない腰痛持ちのスタッフ2人に、彼がお風呂に浸かっていくことを強く勧めたのだった。

 ラボは製菓工場なだけに、冷蔵庫並みに冷えている。ここで毎日長時間働いてくれているので、腰痛もひどい状態だったのだろう。この、いつもは遠慮ばかりの2人も素直に勧めに従った。

 少しでも湯がぬるくなれば足してもらって、2人で(もちろんガス式ではないので、1人ずつ湯を入れ替えて)順に入ってもらい、その夜はお開きに。皆が帰ってから急かすように子供たちにシャワーを浴びさせ、寝かしつけてから後片付けをし、さあ、私の番。寝る前にシャワーを浴びようと全裸になって頭からシャワーをかけた時、どうも様子が違う。いつもより湯温が低いのだ。栓をひねって設定をマックスに上げてもいっこうにお湯の温度は変わらない。

 そこでハッとしたけれど、髪はすでにずぶ濡れになっているので、途中でやめることはもはや出来ない。濡らしたからにはシャンプーをつけなければ、匂いが出てしまうのではという偏見(? )から、あえて深く考えないようにしてシャンプーをし、洗い流す頃にはすっかり冷たい水に。ここから先のことは思い出すだけでおぞましいので省略させていただきます。

 それまでの物件は運良く、タンクの容量に恵まれてきたのだけれど、この苦い経験のお陰で、改めてフランスのお湯事情が身にしみることとなった。物件を探す時に、“限りなく譲れない条件に近いもの”という項目が加わったのは、じつは最近のことなのだ。

 ではフランスのアパルトマンはこのタンク式だけなのかといえば、そうではない。ガス式も存在する。ただ、圧倒的に少ない。なんでも古いアパルトマンが多いから、ガスを通す工事が施されていないというのが理由だそうだ。そういう意味では、現代建築のアパルトマンは水回りの環境は整っている。でも、何度でも言うが、私はこの手のアパルトマンには魅かれない。朝晩お風呂に好きなだけ入れる、合理的だけれどあまり魅かれない現代建築のアパルトマンと、終始湯量を気にしなくてはいけないけれど素敵な古いアパルトマンを天秤にかけたら、私は迷わず後者を取る。譲れない条件ではなく、“限りなく”それに近いというのは、そういうことである。

 古いアパルトマンでも、ガスの工事が施されているものもある。だからそういうものをくまなく探すか、あるいは常にアパルトマン内でお湯が流れている、タンク式でもガス式でもない“eau chaude collective”(セントラルヒーティングのようなもの)を選ぶか。選択肢はひとつではない。だいたいの物件にはどのシステムであるかきちんと書いてあるから、流さず細かくチェックすることが重要だ。

雨宮塔子(あめみや とうこ)
フリーアナウンサー/エッセイスト。
1970年東京生まれ。成城大学文芸学部英文学科卒業。1993年TBS(株式会社東京放送)に入社。同年「どうぶつ奇想天外!」、翌年「チューボーですよ!」の初代アシスタントを務めるほか、報道番組やスポーツ番組、ラジオ番組などでも活躍。1999年3月に6年間のアナウンサー生活を経てTBSを退社。単身、フランス・パリに渡り、フランス語、西洋美術史を学ぶ。2002年パリ在住のパティシエと結婚。2003年長女を、2005年長男を出産する。2014年結婚生活を解消。2016年7月「NEWS23」(TBS)キャスターに抜擢。拠点を日本に移す。雑誌「ロフィシャル ジャパン」でもエッセイを連載中。
著書に『金曜日のパリ』、『雨上がりのパリ』(ともに小学館)、『それからのパリ』(祥伝社)、『パリ アート散歩』(朝日新聞出版)、『パリごはん』『パリのmatureな女たち』(幻冬舎)、『パリ、この愛しい人たち』(講談社)等。

雨宮塔子

最終更新:7/12(火) 20:51

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