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脳に備わっていた驚くべき「治癒の力」

JBpress 7/12(火) 6:05配信

 (文:澤畑 塁)

 人間の脳は宇宙のなかで最も複雑かつ精巧であるとよく言われる。そして、それほど複雑かつ精巧であるゆえ、一見小さな損傷が大きな障害をもたらすことがある。だがそれと同時に、わたしたちの脳は驚くべき「神経可塑性(neuroplasticity)」を有してもいる。

 ここでいう「可塑性」とは、(プラスチックが熱を加えられたときに形を変えていくように)「自己の活動や心的経験に応じて、脳が自らの構造や機能を変える性質のこと」である。

 では、人間の脳にはどれほどの可塑性が備わっているのか。また、その可塑性を利用して、脳の機能回復を促すことは可能だろうか。

■ 首の慢性的痛みを自分で取り除いた医師モスコヴィッツ

 本書『脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線』は、神経可塑性を利用して実際に脳の機能回復を成し遂げた驚くべき事例を紹介している。それらが「驚くべき」と言われるのには、いくつか理由がある。まずひとつは、それらの治療法が目新しいものであること。もうひとつは、一般に治療のむずかしい疾病や障害に対して、それらが現に効果を発揮していること。さらにもうひとつは、それらが「非侵襲的」かつ「自然」な治療法であることだ。すなわち、切開などで皮膚や身体組織を傷つけたりはせずに、むしろ脳に本来備わっている治癒の力を引き出す、というのがそれら治療法のポイントである。しかし、そんなことがいったいどうして可能だというのだろう。

 ここで、神経科学の文献に少しでも明るい人であれば、V・S・ラマチャンドランによる幻肢の治療を思い出すかもしれない。そして、じつは本書でも、それと多少とも似た(しかしもちろん異なる)治療例が第1章で紹介されている。そこで紹介されているのは、慢性疼痛の治療である。

 耐えがたい痛みに苦しめられ続け、日常生活を満足に送れない人たちがいる。そうした患者にとってとくに辛いのは、そもそもの痛みの原因(身体の損傷など)が取り除かれたにもかかわらず、その後も激しい痛みがいっこうに治まらない点だ。自らが医師であるマイケル・モスコヴィッツも、ある事故をきっかけにして、首に慢性的な痛みが生じてしまった。さまざまな治療を受けてはみたものの、その痛みは結局10年以上もつきまとい、しかも時間の経過とともにひどくなるばかり。さて、どうしたものだろうか。

 そこでモスコヴィッツが行ったのは、神経科学の文献を読み漁り、慢性疼痛を解消する方法を自ら考えることであった。そして、その結果たどりついたのが、神経可塑性を利用するというアイデアである。

 そもそも慢性疼痛はどのようにして生じるのだろう。ここで、「痛みのワインドアップ現象」という考えが参考になる。すなわち、たとえば身体の何らかの損傷により、激しい痛みが一定期間続くと、痛みと関連する脳のニューロンの結合が強化され、痛みの信号がいとも簡単に、しかも過剰なまでに検出されるようになってしまう、というのである。これはまさに「ニューロンの結合は変わりやすい」という事実によるものであり、その意味で、慢性疼痛は「可塑性の狂乱」だとも言える。

 しかしそうだとしたら、そのようにして強化されたニューロンの結合を、これまた神経可塑性を利用して、穏やかなものにしてやることはできないだろうか。

 ふたつのニューロンが同時に発火を繰り返していると、それらの結合は強化される。反対に、それらのニューロンが繰り返し別々に発火していれば、両者の結びつきは弱くなる。つまり、脳の神経回路は「使わなければ失われる」のである。ならば、脳のなかに競合的な結合を新たに生み出してやることによって、慢性疼痛に関わる神経回路を弱めることもできるのではないか──とそうモスコヴィッツは考えたのである。

 そして実際にモスコヴィッツが試みたのは、痛みが生じるまさにそのときに、特定の視覚化の作業を行うこと(具体的には、自身が描いた脳マップを思い浮かべること)であった。

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最終更新:7/12(火) 6:05

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