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禅の心「吾唯知足」を意識して幸せになる

ライフハッカー[日本版] 7/13(水) 20:10配信

zen habits:京都の名刹、龍安寺の庭にある有名な石の手水鉢には「吾唯知足」という4つの文字が刻まれています。

これは禅の言葉で、およそ以下のような意味です。

「必要なものは、もうすべて足りている(All you need, you already have)」

なんと素晴らしい人生のとらえ方でしょう。

この記事を読んでいるあなたも、今すぐ小休止して自分の生活を見直してみてください。衣食住も、それ以外の生活に必要な基本的なものもすべて足りているのではないでしょうか。さらに、愛する人にも自分のことを気にかけてくれる人にも恵まれているかもしれません。どうしても必要なものが欠けているというわけでもなく、概ね快適でしょう。必要なものはもうすべてあるのです。

それなのに、私たちは自分の暮らしをそんなふうには見ていません。もっと快適にしたい、もっと愛し愛されたい、もっと知識が欲しい、もっと確かなことが欲しい、所有物を増やしたい、もっと食べ物が欲しい、もっと楽しみたい、もっと確証が欲しい、と思い、まだ足りないと感じています。私もそうです。だから誰のことも批判するつもりはありません。私たちが「もう足りている」という観念を実感することはめったにありません。

それが必ずできるようになれば、自分が持っているものに感謝できます。今こうして生きている瞬間、瞬間の美しさやありがたさを大切にできます。

では、どうしたら「必要なものは、もうすべて足りている」と実感できるようになれるのでしょうか。

「足りている」と実感することを学ぶ

必要なものはもうすべて足りていると言うのは素敵なことですが、これは実践的な意味ではどういうことでしょうか。これを意識するにはどのように行動すればよいのでしょう。

毎日生活する中で次のような原則を意識すると良いようです。


1. 感謝して大切にする

必要なものはすべて足りているとしたら、問題は私たちがこのシンプルな事実を忘れているということです。だから、自分が既に持っているものに気づき、感謝して、当たり前だと思わない習慣を身に着けるべきです。自分に恵まれているものに感謝して、当然と思わないことです。人生で出会う人たちの良さを認めて感謝しましょう(愚痴を言わずにです)。既に所有している物を大切にしましょう(もっと欲しいと思わずにです)。食べることができる食事をありがたく思いましょう(そうすれば、美食欲の高まりを抑えられるかもしれません)。つい当たり前だと思ってしまう何でもない瞬間を大切にしましょう(もっと楽しみたいと思わずにです)。


2. 敬意を表する

物であれ人であれ、私たちはその良さを認めると、敬意をもって扱おうとします。他人に対しても瞑想用の座布団に向かってさえも、お辞儀をするのが禅の実践の神髄です。それにより、自分は周りの世界に支えられており、深いところで自分もその世界の一部であるということに敬意を表するのです。誰彼となく出会う人にお辞儀をするのは嫌かもしれませんが、心の中でお辞儀をすることならできるでしょう。自分がお辞儀をしているというサインは表立って出さなくても内心で敬意を表せばいいのです。


3. 他人に目を向ける

既に満ち足りている人は自分のことをそれほど心配する必要はありません。他人のために何をしてあげられるか考えてみましょう。世の中には飢えや暴力、不安症や鬱病に苦しんでいる人たちがいます。もちろん、こうした苦しみをすべて1人で解決することはできませんが、他人を助けるためにできる限り最善を尽くせば、全人類が幸福になるように貢献できるかもしれません。だからと言って、眠っているとき以外は常に他人を助けることに時間を捧げなければならないというわけではありませんが、自分のモチベーションが他人を助けるためなのか、自分自身のためなのかを考えてみるだけでも上出来です。

では、どうしたらこうした原則を体現できるようになるのでしょうか。それには日課として習慣してしまうのがいいでしょう。

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最終更新:7/13(水) 20:10

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