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胸に染み、心に届く家族小説集 『海の見える理髪店』 (荻原浩 著)

本の話WEB 7/15(金) 12:00配信

 海の近くの理髪店に客が訪れる。店主は、なぜここで店を開くに至ったか、彼の人生を語り始め……。意外な展開で引き込む表題作をはじめ、家族のかたちを描いた作品が、本作には収録されている。

「表題作は、表だって特に何か起こるという話ではないのですが、店主が髭を当たりながら“ある告白”をするシーンは、実際にあったら、怖いだろうなと、ずっと温めていた話でした」

 いままで小説を書く上で、自らに課したルールがあったが、今回は、そのルールを変えてみたという。

「なるべく人から聞いた話を、小説にしないようにしていました。実際の話を越えられない気がして……。だから、小説を書く際には、意外なものを組み合わせて、一から考えてみることが多いですね。でも、この作品集では、あまりこだわらずに使ってみました。表題作も編集者から聞いた話が元になっています」

「時のない時計」も、母が見つけた父の形見の時計を、時計屋に持って行った自身の体験談がベースだという。

「『うーん、当時は高かったけど、ミーハーな時計だね』と時計屋に言われ、修理代も持ち合わせでは足りないほど掛かり、さんざんな目にあって(笑)。やむなくお金を取りに帰るその道すがらに、ストーリーが浮かびました」

 最後に収録された「成人式」は、5年前、事故で15歳の娘を亡くした夫婦の話だ。娘の記憶を遠ざけることが、日常となっていた2人の元に、娘宛に成人式の振り袖のDMが送られてくる。そのことでショックを受けるが、やがてある行動に……。

「最後の話は、今まではやっていないことをやってみようと。それで突然、家族がいなくなったら、自分ならどう克服するのかなと考えて……」

 家族との生活は、けっして綺麗ごとだけではない。家族どうし傷つけ合うこともある。ただ、これらの作品は状況は変らずとも、“その先の何か”を感じさせるラストがある。そして、一見退屈な日々の連続が、実は貴重であるのだと、気づかせてくれるのだ。

「今回、前向きな話を書きたかったわけではないんですが、物語は、始まった以上、終わりがあって、入り口と出口で、何か違っているものだと。自分が書いているものは、かっこよくもないし、ロマンティックでもない。小説の主人公は納豆も食うし、おならもする(笑)。ただ、それだけだと、とても平凡な話にしかならない。けれど、見た目にはわからなくても、なにか小さな変化でもあれば、物語が生まれるのではないかと思って書いています」

荻原浩(おぎわらひろし)

1956年埼玉県生まれ。2005年に『明日の記憶』で山本周五郎賞、14年に『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞を受賞。近著に『金魚姫』など。

聞き手:「オール讀物」編集部

最終更新:7/15(金) 12:00

本の話WEB

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