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日本から米軍が引き揚げる日

Japan In-depth 7/15(金) 8:56配信

アメリカ大統領選の共和党候補ドナルド・トランプ氏が日米同盟に批判的な主張をぶつけたことが日米両国に衝撃波を広げた。

日米同盟の片務性や日本の防衛負担の不足を非難し、在日米軍の撤退や日本の核武装にまで言及したトランプ氏の激しい言葉は戦後70年も機能してきた日米同盟の根底を揺さぶり、年来のタブーの領域へと踏み込んだからだ。

トランプ発言は表面的には晴天の霹靂と呼べる唐突な現象のようにみえる。バラク・オバマ大統領と安倍晋三首相との下での両政権間のいまの日米同盟は近年でも稀なほど堅固に映るからだ。だが過去をさかのぼり、水面下を探ると、トランプ発言はアメリカ国政の場の内外で一貫して流れてきた底流の反映であることがわかる。

トランプ発言は必ずしも日米同盟破棄論ではない。同盟の欠陥や不公正の指摘であり、その是正がない場合、同盟自体の破棄もありうる、という指摘である。その意味では日米同盟批判だといえる。

アメリカ側での日米同盟批判は決して新しくも珍しくもない。その内容には大別して3種類がある。

第1は最も過激な日米同盟破棄論である。超少数意見ではあるが、アメリカの孤立主義の伝統の反映でもある。

端的な実例ではソ連崩壊直後の1992年の大統領選で現職ブッシュ大統領に挑戦した保守派論客のパット・ブキャナン氏が「アメリカは自国市場を略奪する日本の防衛を負担する必要はない」と主張した。東西冷戦に勝利したアメリカは「もう本国に帰れ」(カムホーム、アメリカ)というスローガンだった。

1995年10月にはワシントンの大手研究機関の「ケイトー研究所」が「東アジアの有事に日米同盟は機能しないから事前に解消したほうがよい」という主張の報告書を公表した。南沙諸島、台湾、朝鮮半島での戦争のいずれでも日本は米軍の戦闘を支援しないから日米同盟の意味はない、という主張だった。

2013年3月にはサンディエゴ州立大学のエリザベス・ホフマン教授がニューヨーク・タイムズへの寄稿論文で在日米軍撤退を訴えた。ソ連の脅威に備えた在日米軍はもう任務を終え、日本には自国を防衛する能力があるのだとする日米同盟解消論だった。この種の破棄論は国際情勢の変化やアメリカ自体の安全保障と経済能力の変遷、日本の防衛力の強固さなどを根拠としていた。

第2は日米間の不平等、不公正を衝く同盟批判である。この批判は超党派で広範にわたり、水面下で流れてきた。

東西冷戦中の1980年代、日米貿易摩擦が激しい時期、米側で日本の防衛面での態度を「ただ乗り」とする批判は一貫して存在した。91年1月の第一次湾岸戦争ではアメリカ主導の約30カ国が多国籍軍を組織してクウェートからイラク軍を撃退した。だが日本はなんの防衛行動もとれず、資金だけを供して「小切手外交」の汚名を受けた。

1997年8月にはアメリカ最大手の外交研究機関「外交問題評議会」が日米同盟には「危険な崩壊要因」がひそむとして、日本側の集団的自衛権禁止を指摘し、その解禁により、「同盟をより対等で正常な方向へ」と促す勧告を発表した。日本は有事になんの軍事行動もとれないという批判だった。

2001年1月に登場したブッシュ政権も日米同盟の強化には「双務性が必要」(ハワード・ベーカー駐日大使)だと強調した。日本の憲法に由来する集団的自衛権の行使禁止は同盟をあまりに片務的かつ不公正にするというのだ。

2001年9月のアメリカ中枢への同時テロでは北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国やオーストラリアが集団防衛権を宣言し、国際テロ組織との戦いで対米共同行動をとった。だが日本はここでも集団自衛に背を向け、国際テロとの闘争にも協力しないと非難された。

2006年10月、ワシントンの主要研究機関「AEI」が北朝鮮のミサイルに対する日米同盟の機能は日本の集団的自衛権の禁止により大きく妨げられているとする報告書を発表した。

要するにトランプ氏が述べた「アメリカは日本を守るが、日本はアメリカを守らない」と総括する日米同盟不公正論はすでに底流として存在してきたのだ。

日本の集団的自衛権は昨年9月の平和安保法制法の公布によりその行使が一部、容認された。だがまだまだ普通の国家並みの行使は認められていないのだ。

第3は日米同盟の縮小あるいは弱体化である。アメリカ側の事情だけで在日米軍が減り、日本への防衛誓約が弱くなる傾向だといえる。

オバマ政権は財政赤字への対処として2011年8月に予算管理法を成立させ、赤字が一定以上に増せば、まず国防費をその後10年間に最大7500億ドル削減するという方針を打ち出した。米軍部隊も大幅に縮小する方針だ。在日米軍を支える基盤がまず小さくなっているのだ。

そのうえにアメリカ政府は在日米軍の再編について2006年に日本側と合意した「ロードマップ」で沖縄駐在海兵隊の9000人を日本国外に移転させることなどを決めた。縮小への動きである。

さらにオバマ政権は有事の日本防衛の責務を確実に果たすことにも疑いを感じさせる。尖閣諸島の防衛でも「尖閣は日米安保条約の適用対象になる」とは述べるが、決して「尖閣は有事には米軍が守る」とは言明しない。なにしろエジプト、イスラエル、サウジアラビアなど年来の同盟や緊密なきずなを保ってきた諸国の政権に冷たくし、不信を高めた軌跡があるのだ。アメリカ自身の利害からの同盟縮小ということだろう。

以上、眺めてくると、トランプ氏の日米同盟についての発言もこれら3種類の流れを混合させていることがわかる。当初の印象とは異なり、短絡でも無知でもない発言だといえよう。

さて日本はどう対応すべきなのか。この問題の複雑さはいまの日米同盟が表面的にはきわめて堅固にみえる点にもある。オバマ、安倍両政権下での日米安保協力は中国や北朝鮮の脅威の増大もあって緊密となっている。

しかしアメリカ側には年来、対日同盟に対して本質的あるいは構造的とも呼べる不満が潜在するのである。その不満がトランプ政権下で現実の政策となることも可能だといえる。

そうした不透明な展望に対して日本はやはり独自の防衛努力の強化しか選択の道はないだろう。自国は自国で防衛するという普遍の哲理の実践とでもいえようか。トランプ氏は期せずして日本にそんな原点への思考の機会を与えたようである。

(この記事は月刊「SAPIO」2016年8月号からの転載です。)

古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

最終更新:7/15(金) 8:56

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