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文科省の武道権益を追う――小学校で武道必修化なら費用1兆円!?

HARBOR BUSINESS Online 7/15(金) 9:10配信

◆年度ベースでは文科省スポーツ関連予算の20%が武道関連予算

「連載第5回」までに中学校武道必修化の費用総額と費用対効果について論じてきましたが、年度ベースの費用はどれ位掛かっているのでしょうか?これについては「連載第1回」に書いた通り、文部科学省が毎年9月にホームページ上で公開している概算要求資料を閲覧すれば、単年の文科省負担分の予算は把握できます。武道必修化費用が初めて予算化された2009年度以降、その金額は年度により異なりますが、毎年45~50億円程度が予算として手当てされています。

 金額も大きいのですが、特筆すべきなのは、毎年文科省のスポーツ関連予算全体の20%余りを武道関連予算(中学校武道必修化予算)が占めていることです。2015年度以降はスポーツ関連予算に占める東京五輪関連の予算などが増額されており、武道関連予算の比率は15%程度まで下がってきていますが、金額自体は下がっていません。

 そもそも、ただでさえ日本のスポーツ関連予算は欧米先進国に比べて少なく、ロンドン五輪の前などはGDP対比のスポーツ関連予算の比率においてイギリスやフランスなどの1/10に満たないと言われていました。また日本国内においてもスポーツ予算は文化予算の1/4しかなく、日本のスポーツ行政の台所事情は火の車であると思われます。そんな中で毎年、武道必修化予算がスポーツ関連予算全体の20%も占めていたことに大きな違和感を感じます。

 日本体育協会やJOCに加盟する中央競技団体のみならず、その他のスポーツ関連団体を合わせると軽く数百団体はあると思いますが、これらの団体は「何で武道だけ優遇されるのか」と思わないのでしょうか? さらに「武道」といっても授業で行われる種目の約2/3は柔道、1/3は剣道であり、武道場整備は実質的に柔道のためにやっているみたいなものなのですが、柔道関係者がその費用をほとんど自覚していないのは情けない限りです。

◆武道関連予算折衝の根拠となる「体育館は怪我が多い」は本当か? 

 それでは何故、武道関連予算はこれほど厚遇されてきたのでしょうか?それは中学校武道必修化に際し、文科省が財務省に対して「安全で円滑な授業を行うため」には武道場が必要であるとし、さらに具体的な理由として「体育館の方が武道場より怪我が多い」と説明し、武道場の整備が認められたからだと思われます。

 財務省もそう言われても根拠のないものに予算を付けるはずもなく、必ずや「体育館で怪我が多いという統計に基づく実証的な根拠を示せ」と応答したはずです。私はこの時に文科省が財務省への説得材料として提出した資料があるはずだと思い探しましたが、ズバリこれだというものは見つかりませんでした。しかし、これではないかと思い当たる資料はあります。

 文科省の担当者が教育専門紙の取材に答えたWEB上のインタビュー記事なのですが、ここで担当者は武道場整備が必要な理由について言及し、「武道の実施場所の割合は体育館と武道場でほぼ同じなのに体育館と武道場の怪我の発生比率は7対3」と答えています(日本教育新聞社HP 2009年7月20日)。この担当者は「日本スポーツ振興センター(JSC)の2005~2007年度のデータから武道中の怪我の場所別発生割合をまとめた」と語っていますので、学校管理下で怪我をした児童・生徒が災害共済給付制度の給付金を請求する際に添付する災害報告書がデータの基になっていることが分かります。

◆体育館と武道場の怪我の割合「7対3」は「統計のウソ」!?

 しかし私は災害報告書の記入用紙を見て愕然としました。「災害発生の場所」欄の選択肢には「体育館・屋内運動場」はありますが、「武道場」という選択肢はないのです。武道場は「屋内運動場」の一形態と捉えられるでしょうから、普通なら給付金請求者は武道場での怪我は「体育館・屋内運動場」にマルをつけるものと解釈するのが自然です。どうしても武道場と書きたい人は、「その他」欄にマルをつけて、カッコ内に武道場と書かない限り、武道場で怪我をしたという記録は何も残りません。

 これで、どうやって「体育館の方が武道場より怪我が多く、怪我の割合は体育館:武道場=7:3」ということを調べることができるのでしょうか?担当者は3年間分のデータを調べたと言いますが、中学校における武道による怪我だけでも給付金の請求件数は毎年1万5千~2万件もあるので、3年間で5万件にもなります。文科省は5万件もの負傷者に個別に事後追跡調査をしたのでしょうか?そんなことは出来るはずがありません。「怪我の割合は体育館:武道場=7:3」というデータは文科省が財務省を説得せんがために捏造したものだという可能性すらあるのです。「統計でウソをつく法」という名著(ダレル・ハフ 講談社ブルーバックス 1968年7月)がありますが、このデータは「統計のウソ」と疑うべきです。

◆「畳の隙間に足の指を挟む怪我」多発説は統計的には無意味 

「体育館に柔道畳を敷くと畳と畳の間に隙間ができて足の指を挟んで怪我をしてしまう」という説明もこの担当者はしています。文科省も様々な場で同じ説明を何度も繰り返しています。もちろん、そういう怪我の事象があることは承知していますが、これにしてもJSCの災害報告書から件数を抽出することはほぼ不可能です。「災害発生の状況」という記入欄こそありますが、給付金請求者がそこまで詳しい状況まで記入するとは限らないからです。おそらく「武道場では起こらないが体育館で起こる代表的な怪我の事象」として象徴的に例示しているだけだと思われます。この種の怪我が多いという統計的に有意なデータが存在するとは思えません。

 武道必修化がスタートして、4年が経ち、中学校柔道授業における怪我の状況が明らかになり始めてきました。むしろ有意に異常な数値が出ているのは男女差です。武道必修化開始以降の2年間のデータで年間約4000件の事故件数の内、男子と女子の怪我の比率はおよそ3対1です(藤澤健幸,早稲田大学,2015年)。「畳と畳の間に足の指を挟んで怪我をする」のが主な受傷の原因なら、このような男女間の有意差は出ないはずです。男子だって女子だって同じように畳の隙間に足の指は挟まりますから…。

 推測の域を出ませんが、この男女の有意差は、「男女の身体動作の激しさ」の差に起因するのではないでしょうか。男子の方が技を掛ける際に強く激しく動くために怪我が多いと考えられるのです。

 これらの一連の推論から、文科省はまず「武道場設置要望ありき」で、自省に好都合な理由を後付けで無理矢理でっち上げて財務省への説得材料として提示したものであるようにも思えるのです。

◆中学校武道必修化で日本武道界の悲願は達成されたのか?

 武道必修化は、正力松太郎初代日本武道館会長などが、1966年5月に「柔道、剣道その他の武道の正科必修を小学校4年生以上および中・高等学校に週1時間以上必修させること」を狙いとする請願書を国会に提出して以来の日本武道界の悲願でした。

 中学校武道必修化の実現により、正力松太郎の悲願は50年越しで実現したわけです。もっとも現在の武道必修授業は年10時間程度ですから、正力の言う「週1時間以上」には到底及びません。義務教育は年35週間の授業を行うことを標準としていますので、武道必修授業が年35時間実施されて初めて、正力の願いは成就されたものと見做されるべきではないでしょうか。

 そして正力のもう1つの願いである「小学校4年生以上」の武道必修化は現時点では夢のまた夢です。しかし、小学校武道必修を提唱する声は既に起こっています。

 毎年3月に武道議員連盟、日本武道協議会、日本武道館の三者が主催して行われる武道振興大会で、三者は「将来の小学校における武道授業の実施に向け、(中略)準備を推進すること」と要望する決議文を2009年以降、文部科学大臣宛てにずっと提出し続けているのです。

◆小学校武道必修化なら武道場整備費など費用総額は1兆円!?

 小学校武道必修化が実現したとしたら、文科省と武道関係者はまた「武道場整備」と言い出すのは目に見えています。小学生にとって1枚10~15㎏はある柔道畳の上げ下げは危険だからです。そうしたら莫大な費用の問題が発生します。

 小学校は全国に2万校以上あります。中学校と違って小学校では過去において選択科目として武道を実施していた経緯はありませんし、部活動として武道を行なってきた実績もありません。現時点で武道場を持っている小学校などほぼ皆無です。そんな全国の小学校に武道場施設を一から作ったら大変な出費になります。

 「武道場4500万円+柔道畳400万円+剣道防具・その他教材」で、1校当たり5000万円にもなります。小学校は全国に2万校以上もあるわけですから、ナント、費用総額は「1兆円」になってしまうのです。

 武道必修化と武道場整備を無理矢理結び付けようとすると、このようなとんでもない話になってしまうのです。

◆中学校武道必修化に関する私見・総括

 本稿連載もこれが最後になりました。最後に私見を述べて、この連載を締めくくりたいと思います。

 武道場整備費については、文科省自らが費用総額を明らかにするなど説明責任を果たし、その是非について民意を問うべきだと思います。個人的には高額過ぎると思うので、武道館の整備を直ちに中止して体育館で授業を安全に実施できるように工夫して欲しいです。文科省や武道関係者は柔道畳のズレが危険だと言いますが、それを防止する措置(寄せ枠、マット、シート、シール等の市販製品の活用)をきちんとせずに武道場整備を求めるのは筋違いです。

 中学校武道授業については、武道の教育的価値は陸上や水泳などと比べても、少なくとも同程度はあると思っていますので、必修として実施すること自体には異存はありません。ただ武道は基礎の習得が非常に難しいため、現行の年平均10時間では少な過ぎると思います。短い時間で不十分な内容を教えても「武道嫌い」を増やすだけです。武道授業をきちんとやるのであれば1種目につき年15時間は必要です。本当は年20時間でも足りないと思いますが、他の教科や単元との時間の配分を考えると、年15時間が精一杯です。15時間やっても教育効果を示すことが出来ないというなら、それはやらない方がましです。

 授業内容については、武道授業を道徳授業と混同することなく、教科の本来の目的を達成するよう努力するとともに、もっとコスト意識を持っていただきたいです。また武道必修化の対応を、中体連を中心とする教育関係者に「丸投げ」するのではなく、それぞれの武道団体がもっと主体的に関与すべきだと思います。中学校武道必修化は各武道団体から見れば、千載一遇のチャンスなのですが、ほとんどそのチャンスを生かしているようには思えません。特に競技人口の減少に悩む柔道界にとっては普及促進のラストチャンスと言ってもよいのですが…。

 以上が私の意見の総括です。6回に及ぶ長期の連載記事をお読みいただき誠にありがとうございました。

 次は日刊SPA!で、リオデジャネイロ五輪にちなんで、「オリンピック柔道面白雑学」を3回にわたって連載します。是非ともお読みください。

<取材・文/磯部晃人(フジテレビ) 写真/Dick Thomas Johnson>

【中学校武道必修化の是非を問う 連載第6回】

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最終更新:7/15(金) 9:10

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