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バカ田大学卒業生、みうらじゅん・久住昌之が語る「赤塚不二夫」とは何者か(後編) 『赤塚不二夫生誕80年企画 バカ田大学講義録なのだ!』 (みうらじゅん・茂木健一郎・養老孟司・泉麻人・久住昌之・会田誠・鴻上尚史・坂田明・三上寛・宇川直宏・喰始・浅葉克己・河口洋一郎・原島博 著)

本の話WEB 7/16(土) 12:00配信

前編より続く

「おそ松さん」のブレイクで、人気再燃中の赤塚不二夫作品。そのスピリットを伝えるべく東大で開講された講義が『赤塚不二夫生誕80年企画 バカ田大学講義録なのだ!』として刊行されました。講師を務めた「バカ田大学卒業生」みうらじゅんさんと久住昌之さんは、存命中の赤塚さんとの思い出を語り合いますが、しみじみとはいかず爆笑が続きます。

久住 俺が「赤塚さんって真面目な人だな」と思ったのは、かなり昔に、好きな映画を聞かれたとき『十二人の怒れる男』って答えていて。もっと違う作品をあげそうなのに、『十二人の怒れる男』なんだ~って。

みうら 面白いよね、あの映画。真の映画好きだったんだよね、赤塚さん。俺ね、赤塚さんを初めて見たのはテレビだった。テレビでレギュラー持ってる漫画家って珍しかったからさ。

久住 あ、そうなの?

みうら 小学校のとき見たんだけど、クイズ番組で赤塚さんが、海賊の格好してるんだ。それで、船がスタジオにバーンと出てきて、赤塚さんがその先頭に乗って答えるみたいな(注:1966~68年放送「まんが海賊クイズ」)。そのテレビの出方が、もうバカなのよ(笑)。多分赤塚さんは、バカを頑張ってやられてたんじゃないかな。普通のカッコでは、恥ずかしくてテレビに出られなかったんじゃないかなあ。

久住 そうだね。あと、やっぱりサービス精神があるんだろうね。普通にしてちゃ面白くないからって。

みうら 赤塚さんは「ロック」だったからね。漫画でもいっぱい実験してたもん。実物大で描いてみたり。

久住 実物大の漫画が「週刊少年マガジン」に載ったとき、俺、中学生で、ビックリしたよ。見開き使ってでっかく描いてあって、メチャクチャ。ペンネームをいきなり「山田一郎」に変えたりね。

みうら 今さらペンネーム変更ってね(笑)。トキワ荘では、やっぱ先生は手塚治虫さんだから。そんなすごい正統派の人に師事されてたわけだから、赤塚さんはきっと「自分は別の方向に行かないと!」って思っておられたのかもね。

久住 石ノ森章太郎も、SF作品に行ったりしたしね。みんな、手塚とは違うほうに行かなきゃならなかったんだろうね。必死で自分の道を切り開いてね。

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最終更新:7/16(土) 12:00

本の話WEB