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なぜ、嫌いな人は、自分に似ているのか[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

Forbes JAPAN 7/17(日) 17:00配信

嫌いな人は、実は、自分に似ている。

こう述べると、驚きを感じる人もいるだろう。



しかし、この言葉は、しばしば、真実である。

例えば、家庭などで、父親と娘が、よく意見がぶつかるという場合がある。

こうした状況を、よく見てみると、この父親と娘、遺伝的に互いの性格が似ているということが原因になっている場合も多い。

遺伝的には、娘が父親の性格に似て、息子が母親の性格に似るということは、しばしば起こると言われるが、この場合には、似た性格だからこそ、互いに父親と娘が、反発するということが起こっている。

また、例えば、企業などで、ときおり、こうした会話を耳にする。

会議で、二人の課長の意見がぶつかり、少し感情的な議論になった後、参加者の会話である。

「A課長、何で、B課長の意見にあんなに反対するのだろうか?少し感情的な反対のような気もするんだが……」

「A課長は、B課長のことが嫌いなんだろうな」

「どうして、そう思う?」

「だって、そうだろう。A課長とB課長、二人とも、性格が似ているんだよ……」

「なるほど……。やはり、そうか……」

では、なぜ、「自分に似ている人を、嫌いになる」、もしくは、「嫌いな人は、自分に似ている」ということが起こるのか?
--{他人への嫌悪は自己嫌悪の投影?}--
これは、我々人間の心には、「自分の持つ嫌な面を持っている人を見ると、その人に対する嫌悪感が増幅される」という傾向があるからである。

そのため、「嫌いな人」の嫌いな部分を深く見つめるならば、自分の中にある嫌いな部分と同じであることに気がつく。すなわち、「自分に似ている」ということに気がつくのである。

これを、心理学の言葉で表現するならば、

他者への嫌悪の感情は、しばしば、自己嫌悪の投影である。

という言葉になる。

たしかに、人間には、自分でも嫌いな「自分の欠点」を指摘されると、それを認めたくないため、感情的に反発したくなる心理があるが、同様に、相手の姿の中に、自分でも嫌いな「自分の欠点」を見ると、それを見たくないため、その相手をますます嫌いになるという心理がある。

特に、相手の姿の中に、自分自身が心の奥深くに抑圧している「自分の嫌な面」を感じると、それが「自己嫌悪の投影」であることさえ気がつかず、相手に対する嫌悪感を抱くことがある。

そうした人間心理の機微を理解するならば、人生で「好きになれない人」や「嫌いな人」に出会ったとき、その人の持っている「欠点」や「嫌な面」が、自分の中にもあるのではないかと考えてみることも、一つの方法であろう。

昔から語られる「相手の姿は、自分の心の鏡」という言葉は、この人間心理の機微を語った言葉でもある。
 
そして、「他者への嫌悪の感情は、しばしば、自己嫌悪の投影である」ということを理解するならば、我々は、もう一つ大切なことを理解しておく必要がある。

自分の中にある欠点を許せないと、

同様の欠点を持つ相手を許せない。

この「自分の中にある欠点を許す」ということは、実は、我々の深層意識の世界に関わる、深く難しい課題であり、容易なことではないが、我々は、この心の機微も、理解しておく必要がある。

古典に語られる、

自分を愛せない人間は、他人を愛せない。

という言葉は、この心の機微の深みを語った言葉に他ならない。

Forbes JAPAN 編集部

最終更新:7/17(日) 17:00

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