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イギー・ポップ69歳、ボウイに触発された「最後のアルバム」の内幕

ローリングストーン日本版 7/17(日) 13:00配信

デヴィッド・ボウイに触発された新作とその内幕とは?

それは、テキサス州オースティンで行われたSXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)のライヴ中だった。その時イギー・ポップは、1977年のアルバム『イディオット』に収録された『ファンタイム』をやっていた。上半身の服を脱ぎ捨て、赤茶色に日焼けした胸をむき出しにしていた彼は、ムーディ・シアターのステージから真っ逆さまに飛び降りた。彼を支える観客、その上には十字架に磔にされたような姿で天を仰ぐイギーの姿があった。これは彼が現在開催している(※記事執筆時)ツアー3日目の出来事だ。イギー曰く「これが最後」という、ダークで抵抗し難い魅力を備えたアルバム『ポスト・ポップ・ディプレッション』。4月21日で69歳になったイギーは、本作をひっさげて行っているツアーでダイブした。

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「やつらと一体にならなきゃいけなかったんだよ。そのためなら、どんなことだってするさ」。焼けつくような2時間のライヴを終えた後、楽屋でそう語るイギー。ゆっくりとしたバリトンヴォイスが響く。今回のライヴはニューアルバムの他、『イディオット』や同じく1977年リリースの『ラスト・フォー・ライフ』から10数曲がフィーチャーされている。これらは、今は亡き友人のデヴィッド・ボウイと共作し、ベルリンでレコーディングした伝説的なアルバムだ。前の晩、イギーおよび、『ポスト・ポップ~』のプロデューサーであり、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのギタリストであるジョシュ・ホーミ率いる彼のバンドは、テレビ番組『オースティン・シティ・リミッツ』の収録を行った。しかし、イギーがステージからダイブすることはなかった。「みんな楽しげだったからな。まるでソック・ホップ(50年代に流行った靴を脱いで踊るダンスパーティ)みたいだった」。イギーはクスクス笑う。

しかし今夜は、観客が控えめだったため、「『やつらをペントハウスから追い出さなきゃ』と思った」という。「そりゃ、なかなか難しいってことはわかる。だってカンファレンスに出てるやつもいれば、日がな一日、会議三昧のやつもいるんだ」。一瞬、あざけるような笑みを浮かべるイギー。また彼らは、好むと好まざると「もういっぱいいっぱいになりかけていた」そうだ。

激しいガレージロック、70&80年代の伝説的な自己破壊、苦労して成し遂げたアルコールからの脱却、そしてボウイやグリーン・デイ、現在のホーミに至る彼の崇拝者とのコラボレーション。半世紀を数えようとするキャリアの中で、イギーはまた新たな高みにいる。「俺は他の人間とのほうがうまくやれるタイプなんだ」。イギーは認める。「どうしたって、自分の殻から出てしまわないといけなくなるだろ。それで言うんだ。『お前は俺に挑戦した。だから俺もやってやる』」
--{10年におよぶザ・ストゥージズとの再結成活動を終えたイギー。}--
10年におよぶザ・ストゥージズとの再結成活動を終えたイギー。共に曲作りをすることについてホーミとメールでやりとりしたのはその頃だった。「俺はせいいっぱいやった」。イギーはストゥージズについてそう語る。2014年、ドラマーのスコット・アシュトンが亡くなった時、バンドは事実上の終わりを迎えた。「もともとロンなしじゃ、まともなライヴで『アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッグ』をやろうと思わないしな。あれはやつのリフ、やつの感性でできた曲なんだ」(スコットの兄でギタリストのロン・アシュトンは2009年に死去)。イギーの最近のセットリストにはストゥージズの曲は含まれていない。

代わりに彼は、『イディオット』『ラスト・フォー・ライフ』をプロデュースしたボウイとの『創造的な絆』に目を向けた。イギーは『ポスト・ポップ・ディプレッション』をホーミ、ディーン・フェルティタ(ザ・デッド・ウェザー、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ)、マット・ヘルダース(アークティック・モンキーズ)とレコーディング、昨年1月から3月かけて、4週間で録り終えた。

ある時イギーは、ベルリンで録音された2作に関して『微に入り細をうがった説明』をホーミに送った。そこには曲の裏側にある物語が含まれていた。例えば『ダム・ダム・ボーイズ』の場合は、コードの変化とピアノでのメロディだけだったものに、ボウイが当時解散していたストゥージズに敬意を表したタイトルを提案、それに基づいたストーリーを書くように言った、など。

「ジョシュはそんな話からヒントを得たんだ」とイギーは明るく言う。新曲のひとつ『Sunday』は「まさに俺自身だった。曲はニューエコノミーにおける孤独について、左派知識人的な立場で書いたものだった」。だがホーミがそれに口を挟んだ。「『俺たちはイギー・ポップ、つまり労働者のためのミュージシャンの曲を書いてるんだ。彼なら日曜は、不機嫌でふさぎこんで疲れ切ってる』ってね。やつは俺が考え込むようなことをよく言うんだよ。それで俺は、どうやって自分に見合った曲にするかを考え出さなきゃならなかった」

彼らはライヴに関しても同様のやり方をとった。ちなみにライヴは、本作のために集結したメンバーに、マット・スウィーニーとトロイ・ヴァン・リューウェン(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ)を加えたバンドをフィーチャーしたものとなっている。ムーディ・シアターでステージに登場したイギーは、『ラスト・フォー・ライフ』の早いリズムに合わせ、かなりのはじけぶりを見せた(くるくる回るかと思えば、ターザンふうに胸を叩いたりもした)。その後、荒涼とした雰囲気の『American Valhalla』『Paraguay』を、『シスター・ミッドナイト』『ザ・パッセンジャー』『チャイナ・ガール』といったベルリン時代の名作群とつないでいった。これらの名曲はイギーとボウイによって作られたもので、『チャイナ・ガール』はボウイのカヴァーがトップ10シングルにもなっている。
--{イギーの心にはボウイに対する思いがあふれる。}--
「これって、全部俺たちがやりたかった曲なんだよ」というフェルティタ。「イギーがジョシュにやりたい曲のリストを書けって言って。で、その後、イギーも自分のリストを持ってきた」。結果、『ベイビー』のように、ライヴではめったに演奏されない名曲が含まれたものが「ごく自然にできあがった」

ベルリン時代の曲をやる時、イギーの心にはボウイに対する思いがあふれる。ボウイが亡くなった1月10日、彼はマイアミの自宅でツアーリハーサルのための準備をしていた。イギーは『チャイナ・ガール』の『イディオット』バージョンで最も優れている部分は「俺が黙ってる時だ。デヴィッドが書いた美しいギターのフレーズが聴こえてくる。俺たちが曲を作った時もいいとは気づいていたが、今みたいに心からその真価を認めることができなかった。俺はこの曲を聴くたび、やって来ては消える、あらゆるものに思いをはせる。だって俺たちもみんな、来たかと思えば去っていくだろ」

「おい、こりゃすごいものになるな」。ニューアルバムのセッション中、ホーミにそう言ったことをイギーも認める。バンドとのツアーは5月半ばまで(※後にソロでのツアーも追加)で、イギーはホーミに「秋にお返しをする」と約束したという。ライヴに関しては、年齢や全般的な体の不調のため、いくつか譲歩することもあったそうだ。「俺は、よく見えてなくても見えてると思い込むような人間なんだ」。イギーはしゃがれた声で言う。彼は乱視で、ステージを離れた時は読書用眼鏡を使っている。「かなり度がきついやつが必要だ。もしライヴ直前まで眼鏡をかけてたとしたらこんな感じになる」と、目が不自由な人のようにあちこちにぶつかってみせた。ムーディ・シアターのライヴでは、『ナイトクラビング』の際、まるでシャツを着ていないシナトラのごとく椅子に座りながら歌う場面もあった。イギーの代名詞でもある民族舞踊めいたダンスについては、「最近はあまりやらなくなってきた」らしい。「俺が主に心配してるのは歌だよ。曲はいいからな。ちきしょうめ」

今後について聞くと、子供向けのアルバムを制作、陶器を作って、「ワイン作りが盛んなところのお祭りで演奏する」と冗談めかして言う。その後まじめに「俺がジョシュより長生きできるか確かめるってのもいいかもな。なんと言っても、やつはエネルギーに満ち溢れた男だから。俺はやつらについていくのに必死なんだ。最初、『全部サウンドチェックするぞ!』と考えていた。じゃなきゃ、イギーは大馬鹿者だと呼ばれちまうだろ?」。でも・・・と、うめくようなふりをする。「『俺にはサウンドチェックできない』って感じだった」。そしてイギーはにっこりした。「やつらって、本当に音にうるさいんだよな」

Translation by Shinjiro Fujita[RSJ]

DAVID FRICKE

最終更新:7/17(日) 13:00

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