ここから本文です

敗北したときこそ、真価が問われる 長門正貢(日本郵政株式会社 取締役兼代表執行役社長)

本の話WEB 7/18(月) 12:00配信

 今春から全国二万四千の郵便局を束ねる日本郵政の社長となった。富士重工業副社長やシティバンク銀行会長、ゆうちょ銀行社長などを歴任してきた国際金融の“プロフェッショナル経営者”の哲学に迫る。

 もっとも影響を受けた本は、元アメリカ大統領の自伝『ニクソン――わが生涯の戦い』ですね。原書『In the Arena』を読んで、あまりにも感銘を受けたので、邦訳を買いました。ウォーターゲート事件で失脚したが、その後の半生を名誉挽回のために懸命に生きたニクソンは、著書でこう綴っています。

「われわれが敗北したとき、すべてが終わったと思う。しかし、それは真実ではない。それはつねにたんなる始まりだ。(中略)いつも思い出したまえ、(中略)きみを憎む者たちは、きみが彼らを憎んできみ自身をだめにしないかぎり、きみに勝つことはないのだということを」

 辞任後、歴代最低の大統領とされた彼が、その後をどう生きたのかが良くわかる、エンカレッジングな本です。

 中国の権力闘争の表と裏を描いた『ニュー・エンペラー――毛沢東と鄧小平の中国』も興味深かった。そのなかの「一辺四〇歩、一周一六〇歩、四〇周の鍛練」という章で、毛沢東によって遠く江西省に追放された六十五歳の鄧小平が、軍の監視下で民家に幽閉されている場面があります。絶望的な状況のなか、毎日、一まわり四〇歩の庭を四〇周も歩く父を見た娘が、「将来の戦いに備えて、父の信念、計画、決意が(中略)揺るぎなく固まってきたに違いない」と感じるのです。実際にその後、毛から、復帰せよという命令が届き、鄧小平はその後、全盛期を築きます。

 この二つの本は、たとえ敗北しても、そこからどう生きるかが大切だということを教えてくれました。言葉にすると簡単ですが、彼らの「ネバーギブアップ」は奥深い。朝の来ない夜はない、出口のないトンネルはないと言いますが、トンネルの中で歩みを止めれば、絶対に出口にはたどり着けない。朝まで歩き続ける覚悟が必要なんです。

 次に紹介したいのは、『アメリカにおける秋山真之』です。私は大学を出て、日本興業銀行(当時)に入り、入行三年目から五年目にかけて、アメリカ・ボストンのフレッチャー法律外交大学院(フレッチャースクール)に留学しました。この頃、同期たちは日本で“この産業の将来性は? 損益計算書は?”などとビジネスの実務をしていました。国際関係論を学んでいた私は、ちょっと焦りに似た気持ちが出てきて、友人に手紙を書いたんです。その友人が、秋山真之の手紙の一文を引用して返事をくれました。

“今や東亜の風雲ようやく動き、形勢日々にあい迫るの際、独り千里の異境に読書するも、なかなか不本意至極にそうらえ共、小生の本分はまた別にこれ有り、ただますます精到強勉、もって邦家他日の御用をあい待つのほか他事無く候”

 日露戦争の気配が漂うとき、はるか遠くのアメリカにいて心苦しいんだけれども、今は鍛えて自分の本分を果たすべき日を待とうと。焦っていた自分の心に、この言葉が響きましたね。

 ヒューストン、ニューヨーク、そしてバンコクと海外勤務をしていきましたが、遠く離れると日本のことを思う時間も増えます。そのときに、真之の言葉を思い出し、「我の本分は、別にこれあり」と言い聞かせてきました。

 小説のなかで一番好きなのは『鏡子の家』です。学習院高校に通っているときにOBという縁もあって、三島由紀夫を読み始めました。殆どの作品を読みましたが、赤線を引きながら文章力にうならされたのが、この作品。自信作が評価されず、三島ががっかりしたという話も聞きましたが、私は『鏡子の家』の文体こそが最もビビッドだと感じました。

 ビジネスマンとしての人生を振り返って思うのは、読書というのは、反省する機会のみならず、次へのステップとなるヒントを貰える機会だということです。

 これまで海外のリーダーたちの本を読んでいて、「フォーマイカントリー」という考えに魅かれました。今回、日本郵政の社長を引き受けたのも、最後のお勤めとして、この国のために尽くそうと思ったからです。社長として迎えた今年の新入社員には、いくつかのことを伝えました。一つは、人事異動に一喜一憂するな、と。本気のネバーギブアップで、強い人生観を作ってほしいと。そしてもうひとつ、「not NATO,but NIKE」と伝えた。NATOといっても北大西洋条約機構じゃないですよ、「No Action Talk Only」、つまり、実行しないで会議ばかりしていたらだめなんだと。NIKEの宣伝文句は「JUST DO IT」。これは私自身に向けた言葉でもあります。挫折してもすぐ立ち上がる、このシンプルな人生観を大切にしてきましたから。

お勧めの4冊

・『ニクソン――わが生涯の戦い』 (リチャード・ニクソン 著) 文藝春秋

・『ニュー・エンペラー――毛沢東と鄧小平の中国』 (ソールズベリー 著) 福武書店

・『アメリカにおける秋山真之』(全三巻) (島田謹二 著) 朝日文庫

・『鏡子の家』 (三島由紀夫 著) 新潮文庫

長門正貢(ながと・まさつぐ)

1948年生まれ。一橋大を卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、同行常務執行役員。富士重工業副社長、ゆうちょ銀行社長などを経て、4月から現職に

会社メモ:2007年の郵政民営化で発足した日本郵政グループの持株会社。グループ会社として日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険、日本郵政スタッフなどを持つ。15年11月に一部上場した

聞き手:「オール讀物」編集部

最終更新:7/18(月) 12:00

本の話WEB

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。