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英国の有名脳外科医は何を思って手術しているのか

JBpress 7/19(火) 6:00配信

 (文:仲野 徹)

 脳外科医のやり甲斐と厳しさ、イギリスの医療制度のひどさ、マーシュ先生の清々しい生きざま、そして、こういった内容が流れるように綴られる美しい文章。読みながら、さまざまな感慨を込めた溜め息をなんどもついた。素晴らしい本だ。

 本書『脳外科医マーシュの告白』はタイトルどおり、イギリスの有名脳外科医・マーシュ先生のエッセイ集である。25のエピソード、それぞれにマーシュ先生の思い出がつまっている。

 タイトルの『告白』というほど重苦しい本ではないが、明るく語ることができるような話ばかりでもない。包み隠すことなく語られているが、赤裸々というイメージでもない。淡々と、そして正直に、マーシュ先生の内面が吐露されていく。

■ 傲慢だったマーシュ先生を変えたミス

 つらい思い出が多くとも、マーシュ先生は脳外科の仕事を心から愛しておられることがよくわかる。しかし、脳外科医へ至る道筋は紆余曲折に満ちていた。高名な人権派弁護士の父とナチス・ドイツから逃れてきたドイツ人の母との間に生まれたマーシュ少年は、当然のように有名パブリックスクールに進む。しかし、その卒業後2年間は学業を休み、うち1年は西アフリカの僻地で英語を教えるボランティアなどをした。

 その後、オックスフォード大学に入学し、政治学・哲学・経済学を学ぶが、失恋して絶望感にさいなまれたマーシュ先生は、学業を放り出し、炭鉱町の病院でポーターとして働き始める。自分の不幸を理解し、父親に儀式的な反抗をするための半年間を終え、『自分の居場所に戻りたく』、ようやく外科医を志すことになる。もちろん、そこにいたるには、病院で下働きをしながら見聞きした経験が大きかった。

 いい時代だった。科学の基礎さえ学んでいなかった若者を入学させてくれる医学部があったのだから。卒後1年半のマーシュ先生は、『すでに医療を一生の仕事にすることに失望と幻滅を覚えていた』が、そんな時、初めて見学した脳神経外科手術に一目惚れし、その瞬間、脳外科医になることを決断する。長くかかったが、きっとそれが運命だったのだろう。

 はっきりと書かれてはいないが、経歴からみると、手先の器用さなど、脳外科医にとても適性があったようだ。しかし、若かりしころは傲慢であったと振り返る。ある日、偶然、自分のミスにより、術後に意識が戻らないまま7年たった患者を目撃し、衝撃をうける。

 “わたしはよい外科医でありたいとおもっているが、どう考えても偉大なる外科医ではない。わたしが覚えているのは成功-成功したと自分では思っている-例ではなく、失敗例だからだ。”

 謙虚な言葉が、この本の内容をよくあらわしている。もちろん、うまくいった手術のことも紹介されている。けれど、そんなとき、患者さんは医師である自分に対して必要以上に感謝しているのではないか、と照れてしまう。しかし、いざ自分が患者になったときには、必要以上に主治医に感謝する。さすがはマーシュ先生だ。

■ ウクライナの少女ターニャーの手術

 いろいろな矛盾を堪え忍ぶマーシュ先生であるが、怒るときは激しく怒る。国が設定した馬鹿げたルールに、杓子定規で患者のことを顧みない病院の運営に、そして、やる気や能力のない若手医師たちに。信用して任せた若手医師が単純なミスから患者に後遺症を残した日には抑えきれずに、『今後はいっさい若手の指導などするものか』、『将来のことななんぞ、知ったものか』とまで、言い放つ。

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最終更新:7/19(火) 6:00

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