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未遂に終わったトルコのクーデター。「ヤラセ」疑惑も飛び出す

HARBOR BUSINESS Online 7/20(水) 9:10配信

 トルコで7月15日夜に起きた軍部の一部が起こしたクーデターは、その翌日には未遂に終わった。

 今回のクーデターは突発的に起きたのではない。今年に入ってから、クーデターが起きるという噂は拡大していた。トルコは戦後、3度のクーデターのあった国だ。1960年、1971年、1980年とクーデターが続き、1997年には軍部がイスラム化した首相を解任させるという動きもあった。即ち、10余年ごとに政変が起きていることになる。

 トルコは政教分離された国で、軍部も基本的に世俗主義を信条としている。国の政治がイスラム教条主義に走ると軍部がクーデターを起こして、議会制政治の軌道修正を計るというパターンになっている。そして一旦それが修正されると、軍部は議会制民主主義を復活させた。よって、クーデターが起きても、軍部が政権を掌握する期間は一般に短い。

 今年に入って、外国では「トルコでクーデターが起きる可能性がある」と囁かれるようになったのは、エルドアン大統領がイスラム教条主義を強め、そして議会制民主主義による政治を軽視して独裁色を強めたからである。以下に、エルドアン政権へのクーデターを促したと思われる要素を挙げてみよう。

◆言論の自由を阻んだエルドアン大統領

 エルドアン大統領の「独断的行動」の中でも、一番注目を集めたのは昨年10月に『コザ-イペキ・ホールディング(Koza-Ipek Holding)』に警察が介入して、その傘下にあるテレビ2局の放送を中断させたことである。

 今年3月には同ホールディングに属し最大発行部数65万部の『ザマン』紙も政府の管理下に置くという非合法的な行動に出た。『ザマン』紙は世界の主要紙から「トルコで唯一信頼が置ける報道紙」と評価されていた新聞だった。勿論、それは裏を返して言えば、政府に批判的な報道も行なっていたということである。この影響から、現在トルコにある報道機関で中立的な立場から報道するメディアは存在しない。現在のトルコは「世界報道の自由度ランキング2015」のリストにある180カ国の中で149位にある。

 報道機関のジャーナリストがエルドアン大統領の政治に批判したり、青少年でも批判しているのが判明すると起訴されて収監されるという事態が起きているのだ。

◆クルド民族問題とISとの戦いで増える自爆テロ

 トルコの人口は7500万人だ。そのうち20%がクルド民族である。クルド人はトルコ、シリア、イラク、イランに跨がる広域に住んでいるおよそ2000-3000万人の民族で、独自の国家をもたない最大の民族集団である。その内の最大規模の1500万人がトルコに住んでいる。彼らはトルコからの独立を常に望んでいる。その為に、これまでトルコ政府と平和裏での共存の為の交渉を展開していた。そのリーダー的なグループがクルド労働者党(PKK)である。

 クルド労働者党の独立運動が活動を始めたのは1984年からで、トルコ軍との戦いや、彼らによるトルコ国内でテロ活動で、これまで4万人がその犠牲者になっているという。勿論、その大半の犠牲者はクルド労働者党の戦闘員であった。

 2年前にトルコ政府とクルド労働者党との和平交渉は決裂しており、それ以後トルコ政府は彼らの本拠地への空爆など攻撃を強めている。その反動で、クルド労働者党によるトルコ国内でのテロ活動も活発になっている。

 また、PKKよりさらに過激な武装組織「クルド解放のタカ(TAK)も台頭しており、予断を許さない状況が続いている。

 それと併行してイスラム国との戦いもトルコ政府の負担になっている。当初、トルコ政府はシリアのアサド政権の打倒に彼らの力を頼った。しかし、シリア紛争に絡むイスラム国とクルド武装勢力の戦いがトルコ人にも飛び火してトルコ人の間で犠牲者が出たこととからトルコ政府はイスラム国も敵と看做すようになった。またロシアと米国の間で数日前まで続いていた交渉内容から、双方がアサド政権を存続させ、今後協力して反アサド武装勢力を打倒するということが決定した。その内容に沿うような形でトルコはイスラム国の打倒を目指すことに方向転換した。これらの決定が影響して、イスラム国は敵となったトルコの国内でのテロ活動を活発化させた。6月28日に起きたイスタンブールの空港での自爆テロ事件もイスラム国が関与した。

 クルド労働者党とイスラム国によるトルコ国内での頻繁なテロ活動の結果から、今年に入って既に外人旅行者を含め一般市民200人以上が犠牲者となっている。

◆テロの影響で冷え込む観光業

 このテロ活動の激化でトルコのGDPの12%を担う観光業が厳しい状況にある。外国からの訪問者が激減しているのだ。公には昨年比で現在まで20%の減少と言われているが、『El Pais』紙によれば、実際の現状をイスタンブールのホスタル(安価な宿)経営者が次のように語ったとしている。〈「昨年の4月と5月客室は80%埋まっていた。今年は20%以下だ。今夏に向けては予約はほぼゼロに近い」〉。

 クルド紛争もシリア紛争も解決にはまだほど遠い状態だ。そしてエルドアン大統領のクルドとイスラム国への攻撃を緩める姿勢はない。しかも、エルドアンはトルコ国内のクルド人の国外への追放を目論んでいるという。そして、クルド労働者党との和平交渉の再開はまったく期待出来ないことから、テロ活動がトルコ国内で鎮まる可能性はない。よって、トルコの観光業も今後も回復の見込みはない。

 また昨年11月にトルコ空軍がロシアの戦闘機を撃墜させた事件から、プーチン大統領はトルコに制裁を課した。そのひとつにロシア人のトルコへの観光の中止である。

 この影響で、ロシアの観光客がトルコの観光地から完全に姿を消した。つい最近、両国は関係修復に合意した。ロシア人もトルコを訪問出来るようになった。しかし、テロ活動の激しいトルコを訪問しようとするロシア人は非常に僅かであろう。

◆エルドアンの失政

 トルコの政治をより民主化させるとして、エルドアンが首相の時に議会で彼が率いる政党の勢力を利用して軍部の改革に踏み切ったことも、軍部の不満を増幅させた。それまでは軍部が議会制主義に依存することなく独自の決定権をもっていたのを今後は軍部の最高指揮官の任命など全て議会の承認を必要とするようにしたのである。これで軍部の勢力を抑え、議院内閣制度を強める形にした。しかし、この改革の結果、民主化を主張したエルドアン自体が独裁者として君臨する方向に向かっているのである。

 こうした独裁を行っても経済が回復していればまだ誤魔化しも効いただろう。しかし、経済面においても2000年代前半の高度成長の時代は終わったと言われている。現在、ヨーロッパの景気低迷やトルコ国内にいる200万人の難民への支援費用の負担、更にロシアからの制裁などでトルコの景気は落ち込んでいる。そして現在置かれているトルコの外国に与えるイメージの低下によって外国からの投資も減少している。このような現状を生んだのもエルドアン大統領の独裁政治が影響している。

 以上に挙げたことなどが理由で軍部の中でも政権交代の必要性があると感じる軍人が次第に多くなって行った。それが今回のクーデターに繋がったものである。

 クーデターの結果、5人の将軍と29人の大佐を主軸に2800人の軍人が拘束され、2700人の判事が職務を更迭されたという。すなわち、軍人と判事ら6000人余りが関与していたことになる。

◆クーデター失敗で飛び交う「噂」

 クーデターが短時間で未遂に終わったことに、不審を抱く政治分析家もいる。彼らが口を揃えて言っているのはエルドアン大統領が企んだ「自己クーデターだ」ということだ。クーデター後、エルドアン大統領への支持がより強まったことも、この説を主張する人々の疑念を強固なものにしている。そして、軍部からの反応は鈍いままである。

「自己クーデターだ」と述べている人の中には、トルコに影響力を持つ人もいる。トルコの学者であり、現在は米国ペンシルベニアに在住するトルコの市民運動指導者であるフェットフッラー・ギュレン師である。エルドアン大統領に不利な出来事を起きるとその背後がギュレン師がそれを操っているというのを口にするのがエルドアンの常である。

 ギュレン師は1980年代に誕生した若者を対象にした教育でイスラムの普遍性を説き、イスラム教条主義とは異なり宗教間の対話なども重視した教えを説いたヒズメット運動の推進者である。その普遍性から多くの信奉者が集まった。エルドアンとギュレン師は公正発展党の設立当初は協力関係にあった。しかし政治的都合からギュレン師の時期尚早という反対にも拘らずエルドアンは首相当時クルド労働者党に接近し、そしてイスラム教条主義に傾斜して行った。それがギュレン師の世俗主義と対立した。

 トルコ国内に多くの信奉者をもつギュレン師の考えはトルコの司法界や警察に多くいるという。しかも、『ザマン』紙の所有者もギューレン師の信奉者である。独裁化を強めるエルドアンにとって、世俗主義でしかも巨大な地下組織をもつギュレン師の存在は脅威となっていた。エルドアン大統領はギュレン師を国家の安定を脅やかすテロリストだとも呼んでいる。

 今回、多くの判事を更迭しているが、彼らの多くがギュレン師の信奉者であるというのが本当の理由だ。よって、彼らがどこまで今回のクーデター未遂に関与していたか疑問視されている。

 エルドアン大統領は米国政府に対し、彼の本国送還を今回のクーデター未遂を利用してまた要求した。米国政府はまず正式に送還要請をするようにトルコ政府に伝えた。米国政府にとってギュレン師の庇護はトルコの陰を動きを掴むのに有用な人物である。今回のクーデター未遂から今後エルドアン大統領の動きを観察して行くにはギュレン師の存在は非常に重要となって来る。

◆エルドアン大統領の独裁色が強まる限りテロは終わらない

 エルドアン大統領が今後も独裁色を強める限り、クルドとイスラム国からのテロ活動は衰えることはない。むしろ、トルコ市民の犠牲者が増えることになる可能性が強い。そして、外交面でも現在までロシアと米国から見放されていたエルドアン大統領である。EUへの加盟はほぼ見込みはない。EU加盟に必要な言論の自由がトルコ国内には存在しないからである。ロシアとは関係修復への道が開けたが、今後シリア問題で米国とロシアが協力して行く中で、エルドアン大統領はどのような外交を展開するのか。

 現在のエルドアン大統領のクルド問題解決に新しい和平策を展開させて行かない限り、トルコとクルドのトルコ国内における分裂は激しくなる。国家が二分する方向に歩む可能性は充分にある。

<文/白石和幸>

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。

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最終更新:7/20(水) 9:10

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