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和食ブームのタイ。ついに私立学校の学食に「日本式カレー」が登場! 早速行って食べてきた

HARBOR BUSINESS Online 7/21(木) 9:10配信

「和食ブーム」などと言われることも多いタイだが、実際のところは食に関しては近年まで保守的だった。タイ料理は濃い味つけなので、その基本を外れると舌が受け付けない。そのため、富裕層の除く一般的なタイ人は外食でも食べるのはタイ料理というのが当たり前であった。

⇒【画像】タイ学食の様子

 それが2000年を過ぎてから食生活がゆっくりと変わり始め、2010年ごろにスマートフォンの普及率が上がってSNSが一般的になってきたことでタイ人の好奇心が勝ってきた。

 有名人が食事をアップすると、それにフォロワーが興味を持つ。中でも和食はヘルシー、高級感というイメージから一大ブームが巻き起こった。2013年からは日本の短期滞在査証免除でタイ人の日本旅行もブームになり、さらに和食が身近になって、屋台でさえ和食(もどきとも言えるが)が登場している。

 そんな中、なんとバンコクに隣接するサムットプラカン県にある学校「サラサート・ウィステート・スワナプーム校」の学食内には「和食店」が登場。7月からは「日本式カレーライス」まで供されるようになったというから驚きだ。

◆給食に入るまでカレーを浸透させたのはあのチェーン!?

 学食内に「和食店」を設置し、7月からは日本式のカレーライスまで出すようになった「サラサート・ウィステート・スワナプーム校」は私立の学校で、幼稚園から高校までの一貫教育を行う。

 白人教師やフィリピン人、インド人の教師を揃え、英語に力を入れているのが特徴だ。幼稚園から小学3年生までは給食があるが、それ以上の学年は学食で自由に買って食事をする。その食堂に和食店のようなものが入居しているのだ。

「のようなもの」と敢えて言ったのは、一応和食を謳っているものの、ラインナップと味つけは本物とはまったく違って、タイ人にもわかりやすいものにしているということだ。例えば寿司を置いてはいるが、カラフルなトビコの巻物が中心になっていたりする。そんな中に、7月から突如として「日本式カレーライス」が登場したのである。

◆実はタイ人はカレーが苦手

 意外に思われるかもしれないが、カレーはそれこそタイ人が苦手とする料理の筆頭格だった。辛いものが多いタイ料理なので、インド料理もイケるのではないかと思われがちだが、どうもインド風のスパイスの辛さはダメなようだった。タイにはインド系の移民も多く、街中にはインド料理店もある。ただ、言われてみればタイ人客はほとんど見かけたことがない。

 ただ、2008年に進出してきた「CoCo壱番屋」は別だった。進出当初、タイ人の好みを知る多くの在住日本人が長くはもたないと予想したが、逆にココイチは店舗数を伸ばし、今では26店舗も展開しているほどだ(ホームページ調べ)。客層は若い人が多いが、タイ全土でそれなりに客が入っている。ココイチがタイ人にカレーを浸透させたのは間違いなく、それが学校屋台のカレーに繋がっていると思われる。

◆カツカレーまで食べられる

 幸運なことに、同校のカレーを食べる機会に恵まれた。取材時にカレーを頼んでいる生徒を観察してみたが、その際は日本人ハーフの生徒と白人のハーフ、生粋のタイ人生徒が2組程度注文しているだけだった。店側もわざわざルーを輸入食材店から仕入れているが、まだ手鍋程度の量で様子を見ている状態だ。

 実際、カレーライスの注文はまだそんなに多くはないようだ。しかし、店員曰くは徐々に注文数も増えており、期待できる新メニューなのだとか。

 味はカレールーを使っているので決して悪くはない。ただ、辛くはない。味の薄さはまるで日本の学校給食で、昭和生まれの日本人には懐かしさを感じるテイストだ。一丁前に薄っぺらなトンカツもあって、カツカレーにできるのは大したものである。

 この店舗ではほかにサバの照り焼きなどもあるがまったく注文されている様子が見られない。ほかの店はタイ料理ばかりで、外国のものといえばフライドポテトやサンドイッチくらいだ。

 そんな中に突如登場した日本式カレー。まだまだ食に関しては保守的なタイ人だが、幼稚園併設の学校にカレーが登場したことで小さいときから食べ慣れれば食の好みも国際化されることに期待が寄せられる。しかし、その道のりはまだ始まったばかりだ。

<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:@NaturalNENEAM)>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:7/21(木) 9:10

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