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「向田邦子を忘れない」35年目の夏に寄せて――

本の話WEB 7/22(金) 12:00配信

台湾での不慮の飛行機事故で亡くなってから35年。珠玉の作品を数多く残し、多くの女性がその生活スタイルを憧れとして、歳月を経てもなお語り継がれる向田邦子さんの魅力に迫る。

「オール讀物」8月号で向田邦子さんの没後35年を特集するにあたり、まずお話を伺ったのは9歳下の妹・和子さんでした。かつて赤坂で「ままや」という小料理店を営み、『向田邦子の遺言』『向田邦子の恋文』などの著者としても知られています。

 ホテルの喫茶室に約束の時間に現れた和子さんは、開口一番、「運動不足にならないよう、ここまで歩いてきたのよ」と颯爽とされていて、とても喜寿を迎えたとは思えません。向田邦子さんを担当した編集者OBも同席し、『父の詫び状』を読んだときの家族の反応、好きだったお酒や料理の話、お世辞にも筆が速いとは言えなかった原稿をめぐる逸話……在りし日の姿を生き生きと語られました。

「沢山の記事や番組を作っていただいて、新しい話はそんなにないんだけど」という中で、これまではあまり触れられなかったのが、父の転勤に伴なって家族で暮らした鹿児島や仙台時代のこと。特に仙台に住んでいた頃は、邦子さんは東京の学校に通っていたため、帰省は盆暮れの長期休暇のみ。その間、映画館や海に連れて行ってもらったこと、眠る間もないほど家事を手伝っていた姉の姿が、鮮明に記憶に残っているそうです。

 そこで今号で実現したのが、愛読者の直木賞作家・桜庭一樹さんによる「鹿児島感傷旅行」。和子さんが寄贈した遺品が数多く所蔵、展示されている「かごしま近代文学館」で、最後の小説となった「春が来た」(小誌昭和56年10月号掲載)の生原稿や、「う」の抽斗、向田邦子さんの肉声が聞ける留守番電話など、縁の品を見学した後は、かつて向田一家が暮らした社宅跡にも足を伸ばしました。その模様は、巻頭グラビアでご覧いただけます。

 さらによき理解者として姉の仕事を支え、亡き後はその足跡を伝えることに努めてきた和子さん自身のお話を、この機会にノンフィクションとして読者に読んでもらえたら――書き手としてお願いしたのが作家の後藤正治さんです。近著『天人 深代惇郎と新聞の時代』で、天声人語の執筆者であった早世の天才記者を描かれた後藤さん曰く、「向田邦子さんと深代惇郎さんのお二人には、昭和のたたずまいというものが非常によく似ていると思いました」。

 後藤さんは4時間にも及ぶ和子さんへの超ロングインタビューを経て、改めて著作を熟読&整理、再びインタビューの機会を設けました。ただし、「話を聞いてすっかり和子さんのファンになった」という、後藤さんのリクエストもあって、二度目のインタビューはお酒も少々交えつつ。そこで語られた『向田邦子の恋文』に登場する恋人・N氏のことを公開するにいたった決断は、実に和子さんらしいもので、後藤さんによる『向田邦子の空白を埋めて――妹・和子の仕事をたどる』を、ぜひお読みいただけたらと思います。

 ほかにも『トットてれび』で向田邦子さんを演じて話題を集めたミムラさんほか、早瀬圭一さん、酒井若菜さん、藤本有紀さん、乙川優三郎さんがエッセイを寄稿。特集「向田邦子を忘れない」は充実の内容になっています。

最終更新:7/22(金) 12:00

本の話WEB

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
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