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大西卓哉飛行士、宇宙へ出発。これからの日本の有人宇宙開発はどうなる?

HARBOR BUSINESS Online 7/22(金) 16:20配信

 2016年7月7日、日本人の大西卓哉(おおにし・たくや)さんら、露・米・日の3人の宇宙飛行士を乗せたロシアの宇宙船「ソユーズMS-01」が打ち上げられ、その2日後に、高度約400km上空の宇宙空間を周回する「国際宇宙ステーション」(ISS)に到着。約4か月間にわたる宇宙滞在が始まった。

 大西さんは宇宙を訪れた日本人宇宙飛行士としては11人目で、またISSに長期滞在する日本人飛行士は6人目となる。また来年には、大西さんと同期の、金井宣茂さんの初飛行も予定されており、今後もISSの運用が終わる2024年までの間、日本人宇宙飛行士が飛び立つ光景を、何度も見られることになるだろう。

 しかし、ISSの運用が終わったあと、日本の有人宇宙開発をどうするのかについて、まだ明確な見通しは立っていない。独自の宇宙船をもたない日本は、宇宙船を保有する米国などの他国の計画に付いていくか、あるいはこれから開発するか、もしくは有人をやらない、という選択肢から選ぶ必要があるが、どれを取っても険しい道が待ち受けている。

◆大西さんは宇宙で何をするのか

 大西卓哉さんは1975年生まれで、現在40歳。今回が自身初の宇宙飛行となる。日本人宇宙飛行士としては11人目に宇宙へ訪れることになり、またISSに長期滞在する日本人飛行士は6人目となる。

 大西さんは以前、全日本空輸(ANA)に勤めており、旅客機のコ・パイロット(副操縦士)として活躍していたという。その一方で、映画『アポロ13』を見たことがきっかけとなり、宇宙飛行士への憧れも抱き続けていた。

 転機が訪れたのは2008年。この年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が新たに日本人宇宙飛行士を募集すると発表。応募した大西さんは、高い倍率をくぐり抜け、2009年2月にISSに搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選抜された。このとき、昨年初の宇宙飛行を行った油井亀美也さん、また来年に宇宙飛行を予定している金井宣茂さんもほぼ同時期に選ばれている。

 大西さんはその後、日本や米国、ロシアなどで厳しい訓練を行い、2011年7月にISS搭乗宇宙飛行士として認定。その後も訓練を重ね、2013年に打ち上げられた日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機では、軌道上の宇宙飛行士に指示を与える役割(CAPCOM)を担当するなど、宇宙飛行士に必要な技能を磨き続けた。

 そして2013年11月、ISSへの長期滞在が決定。その後もさらに訓練を重ねた末に、今回の打ち上げを迎えた。

 大西宇宙飛行士は今回、約4か月間にわたって国際宇宙ステーション(ISS)に滞在する。その中で、宇宙という特殊な環境を利用した各種実験や、ISSそのものの保守や整備、ISSにやってくる補給船の到着や出発の支援、さらに地上との交信イベントへの出演など、多忙な毎日を過ごす。

 大西飛行士が実施する(あるいは関わる)実験の中でとくに注目されているのは、「マウスを用いた宇宙環境応答の網羅的評価」と呼ばれるもの。これはISSの日本実験棟である「きぼう」に専用の装置を設置し、その中でマウスを飼育し、宇宙という特殊な環境が、生物の遺伝子や細胞に与える影響を調べることを目的としている。日本が「きぼう」で哺乳類の実験を行うのは今回が初めてのことだという。またマウスは、米国の宇宙船を使い、生きたまま地球へ回収される。

 このほかにも、フリーズドライにしたネズミの精子を宇宙環境に置き、その後回収して卵子内へ注入。宇宙で保存した精子がどれだけの受精率をもつのか、宇宙を飛び交う放射線の影響はあるか、子ネズミの出産率はどれぐらいか、といったことを調べる実験や、宇宙環境を利用して高い純度の結晶を作り、新しい材料を生み出すための実験などが予定されている。

 ミッションの終了時には、今回搭乗したのと同じソユーズ宇宙船に乗って地球に帰還し、リハビリや結果報告などを経て、そしてふたたび宇宙へ飛び立つ日に向けた、訓練や勉強の毎日に戻ることになるだろう。

◆4つの極に分かれる世界の有人宇宙開発

 大西飛行士は今年10月末~11月はじめごろに帰還する予定となっているが、さらに来年(2017年)11月ごろには、大西飛行士や油井飛行士と同期の金井飛行士が、ISSへの長期滞在に旅立つ予定となっている。

 その次に誰が飛ぶのか、といった具体的な予定はまだ決まっていないが、ISSは現時点で2024年ごろまで運用が続く見通しのため、今後も定期的に、日本人宇宙飛行士によるISSへの遠征が続くことになるのは間違いない。

 しかし、問題はさらにその後、ISSの“次”にどうするか、ということである。

 現在、有人宇宙船を保有する、すなわち人を宇宙へ送り込める能力をもった国々は、徐々に「ポストISS」となる計画を進めつつある。

 たとえば米国は、まず無人の宇宙船を使って小惑星を月の近くまで運び、そこに宇宙飛行士を送り込むという計画(小惑星転送ミッション)を立てている。地球に比較的近い空間で、小惑星や火星といった遠くの宇宙で活動するための予行練習をしようという意図である。そして、それを踏まえ、2030年代には有人の火星探査を計画している。すでに、月や火星に大量の物資を送り込むための超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」や、月や火星まで飛行できる宇宙船「オライオン」の開発が進んでいる。

 また、忘れてはならないのが民間企業の動きである。本誌でも何度か取り上げている、起業家イーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXや、Amazon.comを設立者として知られるジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジンなどは、それぞれ独自に有人宇宙船の開発に邁進している。とくにスペースXは、すでに無人機の飛行を何度も成功させており、有人宇宙船も来年には初飛行を迎える予定で、さらに2018年には無人ながら火星への長期飛行を試験すると表明している。

◆ISSの先を見越す各国

 欧州は独自の宇宙船をもっていないが、ISSへの参加を通じて基礎的な技術を手に入れ、現在は前述の米国の計画に付き従っており、オライオン宇宙船の中の、バッテリーやエンジンなど重要な部分の開発を担当している。これにより、米国主導の計画の中にあってもある程度強い発言権をもつことができ、たとえば将来、いざ有人火星飛行を実施する段になれば、その宇宙船に乗り込む飛行士の中に、欧州出身の飛行士を乗せるよう要請することができよう。

 米国と同様にISSの主導的な位置にいるロシアは、ISS終了後に、自国の居住区画(モジュールという)の中から比較的新しいものだけを分離させ、独立した宇宙ステーションとして運用する構想をもっている(米国や欧州、また耐用年数が過ぎたロシアのモジュールなどは、そのまま廃棄される)。また有人の月探査計画ももっており、そのための新しい宇宙船「フィディラーツィヤ」の開発も進んでいる。

 ISSには不参加ながら、独自の宇宙船を保有する中国は、米国ともロシアとも距離を置き、独自の道を進みつつある。現在中国が熱心に取り組んでいるのは宇宙ステーションの建造で、2020年代には複数のモジュールを組み合わせた大型のステーション「天宮」の建造を目指している。すでに2011年には、小型の宇宙ステーションを打ち上げ、ドッキングや宇宙飛行士の滞在などの試験を行っており、今年9月にもその2号機を打ち上げることが計画されている。また、ステーションに物資を補給する無人船の開発や、月や火星まで飛行できる宇宙船の開発も進んでおり、少しずつ力を蓄えつつある。

 そしてインドもまた、有人宇宙船の開発に乗り出している。2014年には新しい大型ロケットの試験打ち上げの機会を利用し、有人宇宙船の飛行試験を行った。今のところ、宇宙ステーションを建造したり、月や火星に行ったりといった具体的な計画は明らかにされていないものの、2020年代にはインド人がインド製の宇宙船で宇宙に飛び出すことは十分にあり得る。

 このように、世界各国は2020年代以降、とくにISS計画終了後の有人宇宙開発に関して、計画や検討、構想といった程度の違いはあれど、また今後変更される可能性も十分あれど、すでに見通しをもっている。

 しかし、日本にはこうした計画や検討、構想はなく、ISSの後にどうするのか、あるいはどうしたいのかは不透明な状態にある。

◆これからの日本の有人宇宙開発はどうなるか

 そもそも日本は、かねてより有人に関しては否定的で、2002年には「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して独自の計画を持たない」という政府決定が行われるなど、自ら可能性さえ封じてきたという歴史がある。当時、この決定には批判もあったが、この決定の言葉どおり日本は独自の有人計画をもたないまま過ごし、そして決定から10年以上が過ぎた2016年現在でも、それが続いている。

 もっとも、有人に必要な技術がまったく無いというわけではない。たとえば日本は、「きぼう」というモジュールを開発し、現在ISSに接続され、日本の実験棟としてさまざまな実験や研究が続いている。また無人機ながら、有人機に近い能力をもった補給船「こうのとり」も開発し、年1機ほどのペースで打ち上げられて順調に運用が続いており、現在は改良型の開発も始まっている。

 もちろん宇宙船が宇宙から安全に帰ってくる技術や、宇宙で人が生活するのに必要な技術、また宇宙服の開発技術など、まだまだ足らないものも多いが、こうしたものも時間と予算があれば開発は可能である。

 また、今後の方針も皆無というわけではない。たとえば文部科学省では、ISS以後の国際共同での宇宙探査(国際宇宙探査)計画を見据え、その中で日本が取るべき役割と、それに向けた準備について定期的に議論が行われている。その中では、まず月や火星の無人探査に力を入れることとし、有人に関しては、将来の月周辺にもってきた小惑星の探査や、有人月・火星探査を見据え、引き続きISS計画を通じて有人宇宙技術を獲得する、とされている。

 ただ、たとえば日本独自の有人宇宙船を開発するのかなど、具体的にどういう技術を獲得するのかや、米国や欧州などが進める探査計画にどこまで参画するつもりなのか、といった議論まではまだ行われていない。

 これらの議論をもう少し深読みすると、まず米国が主導する計画に参加することはほぼ既定路線であり、そして小惑星にしろ火星にしろ、実際に人が訪れる前にはまず無人探査機による調査を行って露払いをする必要があることから、そこに日本が小惑星探査機「はやぶさ」などで培った技術で協力する、という考えがあるように見える。つまり日本は、独自に宇宙船の開発などは行わないまでも、有人探査の前に必要な無人探査で重要な地位を占めることで、それなりの発言権を得て、米国の宇宙船に日本人宇宙飛行士のための座席を確保し、月や火星などへ送り込む算段を立てているようである。

 たしかに、今後10年ほどの間に、日本が独自に有人宇宙船を開発することは、財政状況を考えると現実的ではない。一方、仮に米国が現在の計画どおり、将来的に有人小惑星・火星探査を実施するなら、それには多額の資金が必要になるため、国際協力という形で、日本にも参加しないか、という声がかかることは十分に考えられる。そして日本の宇宙政策、とくに有人宇宙開発に関しては対米従属を基調としているため、日本がその誘いに応じることになるのはまず間違いない。また、関係者の中には、世界各国の宇宙飛行士が月や火星を歩く中、そこに日本人がいなければ批判が出るのでは、という懸念もあるだろう。

 その結果、日本は直接資金提供を行ったり、また無人の探査機による事前の探査や、何か機体や部品を造ったりといった形で協力し、その引き換えに火星行きの宇宙船に日本人宇宙飛行士を乗せる、といったことを行うことになろう。これは日本がISSへ参加した経緯と同じである。

◆日本が取るべき道は

 しかし、ひとつ注意したいのは、「米国がやるから付いていく」、もしくは「海外がやっているから日本もやる」という考え方は、合理的ではなく、非常に危険であるということである。

 たしかに、ロボットでは難しい作業でも、人間の脳や目、手を使えば簡単にできることもあり、有人宇宙開発に大きな意義があることは間違いない。また、人が宇宙へ行くということは誰の目からみてもわかりやすい「すごさ」があり、話題性は依然として高く、ふだん宇宙の話題を取り上げないようなニュース番組などでも、日本人の宇宙飛行士が宇宙に行くとなれば、わざわざ特集を組むほどである。

 しかし、いつまでも話題性だけでは有人宇宙開発への投資を正当化することはできない。そして冷戦期の米ソのように、予算が青天井というわけでもない。したがって、現在から近未来にかけての日本にとっての有人宇宙開発が、日本の宇宙開発全体や、科学・技術全体の中においてどれだけの意義や必要性があるのかを議論し、その結果によっては有人宇宙開発からの撤退も考えるべきであろう。

 米露はもちろん、中国やインドも有人に力を入れているのは事実であるが、だからといって日本も有人をやらなければ対抗できないということはない。

 また、日本はこれまで、米国のスペース・シャトルや、現在のISS計画に多額の資金を投じ、さらに日本人の宇宙飛行士も育成してきている。有人宇宙開発から撤退すれば、これまでの投資が無駄になることになり、批判は免れないだろう。しかし、そもそも日本の宇宙開発には、かつて手を付け、決して少なくない予算を投じながらも実現しなかった計画がいくつもある。そうしたものを無視し、有人のみ「せっかくこれまでやってきたのだから」と特別扱いすべきではない。

 今後、有人を何らかの形で続けるにしろ、止めるにしろ、いずれにしてもより深い議論が求められることは間違いない。重要なのは、その議論を安易に、また不透明な形で進めるべきではないということだろう。

 たとえば有人を推進する場合、「米国がやるから日本もやります」といった安易な根拠を認めるべきではなく、それがどれだけ社会への還元が見込めるのか、予算はどこから出すのか、他の計画へしわ寄せがいくといった影響はないのかといったことをしっかり説明し、そうならない体制から作ることが求められる。

 逆に有人を止める場合でも、単に「お金がかかるので有人を止めます」といった理屈は通すべきではない。また、米国や欧州、ロシアはもちろん、中国やインドといった国々も有人宇宙開発に進出する中で、日本が有人以外の手段でどのように存在感を発揮するのか、ということをはっきりと打ち出すことが必要になるだろう。

 かつて日本政府が「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して独自の計画を持たない」と決めたときには、こうした十分な議論と説明が行われたとは思えない。もっとも、議論の結果、どちらか一方に専門家の見解や世論が傾くことはありえず、またどちらにとっても痛みが伴う結論になるだろう。しかし重要なのは、議論を尽くし、お互いの利点や欠点を洗いざらい出して認識し、そして妥協点を見い出すことである。またそうした議論は、何年か先にふたたび考え直す必要が生じた際の土台にもなる。

 ISS計画の終わりと、その次の各国の動きが見えてきた今こそ、あらためて日本にとっての有人宇宙計画をしっかり考え直す時期であろう。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。

Webサイト: http://kosmograd.info/about/

【参考】

・Asteroid Redirect Mission | NASA(https://www.nasa.gov/mission_pages/asteroids/initiative/index.html)

・プレスキット. 大西卓哉宇宙飛行士長期滞在プレスキット(2016年7月1日 A改訂版)(http://iss.jaxa.jp/iss/jaxa_exp/onishi/material/onishi_press-kit_0a_0701.pdf)

・宇宙開発利用部会 国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会:文部科学省(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/071/index.htm)

・国際宇宙探査に関する これまでの議論の整理(案) 平成27年4月13日(月)(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/071/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/04/20/1356794_4.pdf)

・今後の宇宙開発利用に関する取り組みの基本について 総合科学技術会議(http://www8.cao.go.jp/cstp/output/iken020619_5.pdf)

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:7/22(金) 16:26

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