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青野尚子の「今週末見るべきアート」|土木と遊んで、その意味を考える。

Casa BRUTUS.com 7/24(日) 12:30配信

〈21_21 DESIGN SIGHT〉でこれまでにないストレートなタイトルの展覧会が始まりました。その名も『土木展』。

マニアでなくても土木の面白さに引き込まれる、土木で遊べる展覧会です。

土木というと自分たちからちょっと遠いような気がしませんか? それは土木がほぼ100%公共事業であること、都市部では橋やダムなどの目に見える土木を見る機会が少ないことが理由の一つだ。でも実際には都心でも、みんな土木の上で暮らしている。

「会場に来るまでに道路や電車や駅を通ってきたでしょう? それは全部土木なんです。トイレだって下水道がなければ使えません」と「土木展」ディレクターの西村浩は言う。

というわけで展覧会はまず、都心の土木を見えるようにした作品から始まる。田中智之の巨大なドローイングは渋谷・新宿・東京駅を透明にしてホームや通路の構造がわかるようにしたもの。限られたスペースに線路や通路が網の目のように張り巡らされているのがよくわかる。ヤマガミユキヒロの作品は神戸の六甲山から見下ろした街並みと、隅田川から見上げた眺めを鉛筆で詳細にスケッチ、そこに実写の映像を重ねたものだ。私たちは土木の上で生きている。そのことを実感できる。

ギャラリー1では《土木オーケストラ》が出迎える。演目は「DOBOLERO」。ラヴェルの名曲「ボレロ」にあわせて男たちがつるはしをふるい、巨大な機械を動かし、火花を散らす。映像は戦後の高度経済成長期に撮影された土木の工事現場と、現在の渋谷の工事現場。音は渋谷駅の工事現場で録音した音から「ボレロ」のメロディになるようにコラージュしたものだ。今の日本を支える土木はこんなふうにして作られてきた。そう思うと胸が熱くなる。後ろの壁には機械化が進む前に全国の工事現場や炭鉱で使われていた道具が。トンネルだと、一つひとつ手で掘っていた時代もそう昔のことではないのだ。

一番大きなギャラリー2は“土木で遊ぶ”スペース。ディレクターの西村浩は土木の展覧会をやることになったとき、土木をそのまま見せる展覧会にはしたくない、と思ったという。そのかわりに「ほる」「つむ」「ためる」など土木に関する行為を見せたり、体験したりしてもらうことにした。

たとえば桐山孝司と桑原寿行の《ダイダラの砂場》は手で砂を掘ったり積み上げたりすると低いところに水がたまったり、等高線が出る“砂場”。砂遊びがそのままミニ土木工事体験になる。こっちを掘れば水がそちらへ流れていくはず、などと予想しながら“工事”してその通りになると妙にうれしい。

403architecture [dajiba]の《ライト・アーチ・ボリューム》は空気でふくらませた四角いクッションを並べて、端から押すとアーチ構造を作れるインスタレーション。クッションとクッションの間には接着剤などはなく、摩擦と重力だけでアーチ橋が成り立っていることがわかる。

エンジニア集団のヤックル株式会社の《ためる》は、「た」「め」「る」という文字が流れてくる滝の前に立つと自分がダムになり、その滝をせきとめることができる作品だ。せきとめたところは「土」という文字になる。実際のダムは飲料水や農業用水、発電などに使われている。天の恵みである水を最大限、活用する施設なのだ。

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最終更新:7/24(日) 12:30

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