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アマンリゾートに大きな影響を与えた スリランカのルヌガンガに泊まった!

CREA WEB 7/26(火) 12:01配信

もともとはジェフリー・バワの個人別荘

 これまで、さまざまなホテルやリゾートをみてきました。それぞれが壮麗であり、洗練されていました。しかし、今回訪れたスリランカのルヌガンガでは、これまでのホテルに関する価値観がコペルニクス的転回をむかえた、とまでいうとおおげさですが、とにかく大きな衝撃を受けました。

 そこで、この小さな宿泊施設のなにが優れているのか、お伝えしたいと思います。是非みなさんにも足を運んでほしいと思い、とくに実用的な観点からまとめてみました。

(1) そもそもルヌガンガとは何なのか?

 いま、世界最高級のリゾートの代名詞ともいえるアマンリゾート。もともとプーケットやバリ島など、かぎられたリゾート地で開かれていましたが、1990年代以降、急激に世界中に展開し、現在では日本でも東京と志摩半島に展開していることは、ホテル好きにはよく知られていますね。

 そのアマンリゾートの創始者、エイドリアン・ゼッカやアマンリゾートの建築家として知られるケリー・ヒルに大きな影響をあたえたといわれているのがスリランカ人の建築家、ジェフリー・バワでした。

 このあたりの経緯については『アマン伝説 創業者エイドリアン・ゼッカとリゾート革命』(山口由美・著)で詳しく述べられています。(※参考リンク参照)

 バワは1919年に、イギリスの植民地であったセイロン(現在のスリランカ)のコロンボで、イギリス・ドイツ・スコットランド・シンハラ人の血を引く、裕福な家庭に生まれました。その後、ケンブリッジ大学で英文学を学び、卒業後、弁護士としての道を歩み始めました。

 その後、建築に魅せられるようになり、1年半という長い世界放浪ののち、ルヌガンガに理想の別荘をつくろうとします。ところが、自分の建築に関する知識が不足していることに気づき、再び渡英して建築を学びました。

 彼が建築家としてスタートしたのは38歳のとき。その後、2003年に84歳で他界するまでに、スリランカの国会議事堂やリゾートホテルなどを手がけました。しかし、バナキュラー(土着的)な建築家としてバワの名が世界中に知られるようになったのは彼が晩年になってからでした。時代がバワの感性にようやく追いついたのかもしれません。

 バワは建築の世界にどのようなものをもたらしたのでしょうか。わかりやすい例であげると、水平線とプールの水面が溶け合うインフィニティプール。いまでは世界中のホテルやリゾートで目にするようになりましたが、世界初のインフィニティプールはバワがてがけたヘリタンスアフンガッラ(1981年開業)といわれています。

 ルヌガンガは、コロンボに拠点をおいたバワが週末に訪れる別荘として建てました。コロンボから60キロほど南にむかったベントタに位置していますが、海沿いではなく、やや内陸部に入った湖のほとりにひっそりとたたずんでいます。

 バワが手がけた建築はホテルをはじめ、スリランカに多く残ります。しかし、ルヌガンガはバワが自分自身のために建て、半世紀にもわたって手を入れ続けた、きわめて個人的な色彩の強い別荘でした。

 ここは、バワの没後、バワ財団によって見学・ランチ・宿泊などが可能になっています。

●参考リンク
エイドリアン・ゼッカについての記事「本の話WEB」

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最終更新:7/26(火) 12:01

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