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スティーブ・ウォズニアックの修業時代

GQ JAPAN 7/28(木) 17:10配信

アップルを率いたスティーブ・ジョブズは、マーケティングとプレゼンの天才だった。そして同社にはもうひとりのスティーブがいた。エンジニアリングの天才、スティーブ・ウォズニアックである。

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この人ほど笑顔が似合うギークはいない。“ウォズ”ことスティーブ・ウォズニアックのことだ。スティーブ・ジョブズらとアップルを共同で創業し、パーソナルコンピューターのビジネスと文化を切り拓いた「Apple II」を作り上げた人物として知られる。

そんなウォズが5月、企業向けソフトウェア大手のSAPが主催するイベントに登場。少年時代の家族との思い出からアップルの創業期、そして最新テクノロジーまでを語った。

根っからのエンジニアだった父への憧れ

ウォズは生粋の技術者だ。6歳でアマチュア無線の免許を取得し、自作キットで無線機を組み上げたのだ。13歳の時にはトランジスタを組み合わせた「ちょっとしたコンピューター」を開発。そのマシンは三目並べ(いわゆるマルバツゲーム)で次の最善の一手を意思決定するためのものだったという。

現代のインターネットがそうであるように、当時は無線で町や州、さらには国を越えて多くの人がコミュニケーションを取り合っていた。その事実が少年時代のウォズの想像を掻き立てたのだ。

だから、無線技師になろうと決意するまでにそう時間はかからなかった。「無線の免許取得は、運転免許のように年齢制限がないからね」と、当時を振り返ってウォズは笑う。

両親は、そんな少年の興味の芽を大切に育んだ。ある年のクリスマス、ウォズ少年は電子部品がたくさん詰まった箱を手にする。

「箱の中にはたくさんの部品に混じって説明書が入っていたんだ。ダイアルとコードをどうやって配線するのか、なんてことが書いてあったね。人生で一番楽しいクリスマスだったよ」

ウォズの父は電子エンジニアで、「父のようになりたいと思った」というほどの憧れの存在だった。ある日、父親の働いている職場に連れて行かれ、、設備や職場、そしてエンジニアたちの働きぶりを見て感動したという。

「家に洗濯機のような素敵な家電が増えてきて、人々はこれからますます幸せになるという話をしていたんだ。僕が小さい頃は、洗濯物は手で洗っていたからね。人々が便利で幸せになるものがこれからどんどん出てくる──そんな夢を持てる時代だったんだよ」

「父は『人が手でやっている仕事をマシンが肩代わりしたら、たくさん働く必要がなくなるんだよ』と言っていた。『1週間のうちに4日か5日だけ働いて、残りは遊ぶんだよ』って。でも面白いことに、いまのシリコンバレーでは夫婦がストレスを感じながら、家を買うためにフルタイムで共働きをしているんだよね。僕が小さい頃よりも、余裕がなくなっているように思うよ」

電子工学のイロハは父から学んだ。「学校で授業を受ける必要がないほどだった」というほど、父は熱心に教え、子も熱心に教わった。それでもウォズは学校教育の重要性を一貫して主張している。

実際、6年生の時にウォズは「お父さんみたいな電子エンジニアになって、それから5年生の先生になるんだ」と父に言ったのだそうだ。

「教師が子どもにとっていかに大切な存在か、そして教育がどれだけ高い価値を持っているか、僕は子どもながらに知っていたんだろうね」

実際、ウォズはアップルを離れてから8年間、教師として教壇に立ったのだ。

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最終更新:7/28(木) 17:10

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