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だから訪れた「その瞬間」 “平成のスライディング王”が語るプロ入り秘話

THE ANSWER 7/28(木) 14:29配信

ユニークな野球指導に挑戦、元阪神・亀山氏が振り返るプロ入り秘話

 7月16日。福島・いわき市で熱心に子供たちを指導する元プロ野球選手の姿があった。小学校2年生から6年生を対象とした野球教室で、熱のこもった言葉が響き渡る。

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 この日は1年を通じた野球教室の始まりの日。といっても、これから毎日直に接して指導するのではなく、スマートフォン上の動画を通じて1対1の個別指導を続け、子供たちが設定した目標に少しでも近づけるようにするというユニークな試みだ。この日はそのプロジェクトのスタートであり、今後1年“先生”を務める指導者が全員の前で挨拶をし、指導のテーマを伝えた上で、子供たちそれぞれの夢や目標を確認していった。

 このプロジェクトの“先生”に就任したのは元阪神タイガースの亀山つとむさん(47)だ。

 1987年にドラフト外で阪神に入団。以降、背番号00を背負ってオールスターにも2度出場を果たし、果敢なヘッドスライディングを続けたことから「平成のスライディング王」と呼ばれたこともあった。一時は「亀山フィーバー」も巻き起こるなど大きな人気を博したが、故障などもあり1997年のシーズンを最後に引退。28歳の若さだった。

 以来、解説者や少年野球の指導を続けてきた亀山さん。この日は目の前で自身の現役時代の写真が配られると、「僕が登場する前に見せて下さいよ。絶対に違う人に見えるやろ? おっちゃん人気選手だったんやぞ」と当時のスリムな体形を眺めながら笑いを誘った。

甲子園の夢実現せずも、訪れた「その瞬間」

 引退後、少年野球チームを3年で少年野球世界大会優勝に導いた実績もある亀山さんはこの日、子供たちに何を伝えたかったのか。それは「諦めないこと」の大切さだった。熱心に語りかける中でこんなプロ入り秘話も伝えている。

「野球をやっていたので、プロ野球選手になりたいという気持ちはありましたけど、どうせなれっこないと思っていたのが正直なところ。小学5~6年生になったら少しだけ欲が出てきて、なってみたいなって思った程度でした。純粋に野球というスポーツを一生懸命、楽しんでやっていただけです。高校3年生の時にスカウトから声がかかるまでは、なれるなんて思ってもいなかった。なれたらいいなというレベル。

 プロになりたいという目標よりも、高校野球で甲子園に出たいという目標のほうが大きかった。その目標を達成するために一生懸命練習をしました。でも、その目標は達成できなかったんだけど、阪神タイガースのスカウトの人が、エースピッチャーだった双子の弟を見に来ていた。その試合、弟が怪我をしてしまって投げられなくなって、たまたま自分が打ってしまった。それを見ていたスカウトの人が弟ではなく自分を獲ってくれた。それまで一生懸命練習をしてこなかったら、その瞬間は絶対になかった。だから目標に向かって一生懸命努力をすることはとても大事だと感じました」

 残念ながら兄弟揃ってのプロ入りはならなかったが、真剣に打ち込んでたからこそ、プロ入りを実現できた。どこにチャンスが転がっているかわからない。その機会を逃さないためにも、日々の積み重ねが大事なのだと亀山さんは言う。

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最終更新:7/28(木) 15:02

THE ANSWER

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