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ポグバ移籍が成立間近。マンUとユーベの売買損益は天文学的な数字に!

SOCCER DIGEST Web 7/28(木) 19:54配信

マンチェスター・Uのオファーはユーベが満足できるレベルに。

 ゴンサロ・イグアインの獲得の次は、ポール・ポグバの売却――。ユベントスのメルカートが一気にホットになっている。
 
 ポグバの古巣であるマンチェスター・ユナイテッドは、代理人ミーノ・ライオラと先週の段階ですでに年俸1300万ユーロ(約15億6000万円)+ボーナスの5年契約で話がまとまった。ユーベはこの個人合意を受けて、7月19日からクラブ間交渉に入った。
 
 ユーベはマンチェスター・Uのファーストオファーである移籍金1億100万ユーロ(約121億円)を拒否。増額を求めた。
 
 するとマンチェスター・Uは今週に入って、1億2000万ユーロ(約144億円/1億1000万ユーロ+ボーナス1000万ユーロ)、そして契約書に記載されているライオラに支払うマージン(移籍金の20%)も負担するという、大きく譲歩したオファーを出してきた。
 
 同じく契約書に「ユーベが一定額を上回る正式オファーが届いたにもかかわらず拒否した場合には、同じくその額の20%をライオラに支払わなければならない」という特記事項を抱えるユーベにとって、マンチェスター・Uのオファーはほぼ満足できるもになった。
 
 ポグバとライオラはマイアミでバカンス中で、マンチェスター・Uは米国でメディカルチェックを受ける手配を整えている。7月29日までに世紀のビッグディールが正式決定する可能性は低くない。
 
 イグアインを9000万ユーロで獲得し、ポグバを1億2000万ユーロで売却――。今夏のユーベはいつになく派手な動きを見せることになる。

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ユーベが手に入れる利益はかつてない数字に。

 このディールがこのまま本当に成立すれば、マンチェスター・Uにとってはとんでもない売買差益となる。
 
 若さゆえの過ち、ではない。その若さを理由に抜擢を躊躇したがゆえの過ちだ。偉大なるサー・アレックス・ファーガソン元監督が、そのキャリアの中で犯した最も大きなミスのひとつになるだろう。
 
 2009年、マンチェスター・Uはル・アーブルのアカデミーから15歳のポグバを発掘し、たった20万ユーロで獲得した。しかし、ユースチームで抜群の活躍を見せたにもかかわらず、トップチームでの出場機会の少なさに業を煮やして本人が契約更新を拒否。2012年、移籍金ゼロでユーベに逃げられてしまった。手元に残ったのは、ユーベがお情けで払ってくれた育成費100万ユーロだけだった。
 
 あれから4年、そのポグバを呼び戻すために、マンチェスター・Uは1億2000万ユーロというサッカー史上最高額を用意。ユーベが手に入れる利益は天文学的な数字になる。
 
 他のクラブでブレイクしたタレントが、育成年代を過ごしたクラブに買い戻されるというケースは、過去にもいくつかあった。もちろん、いずれもポグバほどの損益は出ていないが……。
 
 例えばバルセロナだ。525万ユーロでマンチェスター・Uに売ったジェラール・ピケを4年後に500万ユーロで呼び戻したケースはいいとしても、320万ユーロでアーセナルに売ったセスク・ファブレガスは8年後に3400万ユーロで買い戻す羽目になった。
 
 バイエルン・ミュンヘンも今夏、かつてわずか420万ユーロで手放したマッツ・フンメルスの買い戻しに、3800万ユーロを投じなければならなかった。売買差損はまったくバカにできない金額に上っている。
 
 同じ買い戻しでも、逆にほくそ笑んでいるのはドルトムント。3年前に3700万ユーロでバイエルンに売ったゲッツェを、今夏は2600万ユーロで買い戻したのだ。とはいえそのドルトムントも、育成年代に移籍金ゼロで手放したマルコ・ロイスを、7年後の2012年に1710万ユーロで獲得した。
 
 若手のポテンシャルと伸びしろを見極めるのは、誰にとっても難しいということだろう。
 
文:ジャンルカ・ディ・マルツィオ
翻訳:片野道郎
 
※当コラムではディ・マルツィオ氏のオフィシャルサイトにも掲載されていない『サッカーダイジェストWEB』だけの独占記事をお届けします。
 
【著者プロフィール】
Gianluca DI MARZIO(ジャンルカ・ディ・マルツィオ)/1974年3月28日、ナポリ近郊の町に生まれる。パドバ大学在学中の94年に地元のTV局でキャリアをスタートし、2004年から『スカイ・イタリア』に所属する。元プロ監督で現コメンテーターの父ジャンニを通して得た人脈を活かして幅広いネットワークを築き、「移籍マーケットの専門記者」という独自のフィールドを開拓。この分野ではイタリアの第一人者で、2013年1月にグアルディオラのバイエルン入りをスクープしてからは、他の欧州諸国でも注目を集めている。
 

最終更新:7/28(木) 19:58

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