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「社長との約束を果たせた」都市対抗V、トヨタ自動車を支えたベテラン捕手・二葉

ベースボールチャンネル 7/29(金) 17:00配信

プロで活躍する投手の正捕手として活躍

 黒獅子旗獲得の原動力になったのは、主将でエースの佐竹功年。先発3試合、救援1試合で30回を投げ、自責点1で防御率0.30と、相手打線をまったく寄せつけない好投で歴史の扉をこじ開けた。

 豊田章男社長も駆けつけ、スタンドの応援も大いに盛り上がる中、表彰式を終えると安堵の笑顔を見せた選手がいる。13年目のベテラン・二葉祐貴捕手だ。

 トヨタ自動車野球部が本格的な強化に取り組んで5年目の2004年、PL学園高から入社した二葉は、金子千尋(現・オリックス)や吉見一起(現・中日)のボールをブルペンで受け、精密なコントロールと抜群のキレ味で捕球技術を鍛えられる。そうして正捕手に抜擢されると、上野弘文(元・広島)、服部泰卓(元・千葉ロッテ)、大谷智久(現・千葉ロッテ)、中澤雅人(現・東京ヤクルト)、祖父江大輔(現・中日)らとバッテリーを組み、巧みなリードとパンチ力を秘めた打撃で活躍。2007年には日本選手権で初優勝し、そこから08、10、14年と4回の日本一に輝く。

 それだけの栄光を手にしながら、都市対抗では勝てなかった。

「豊田社長が就任された2009年、僕たち野球部も決勝まで進みましたが、Hondaに敗れて準優勝に終わった。そのあと、若気の至りと言いますか、社長室に足を運び、『都市対抗で優勝して社長を胴上げします』と宣言しちゃったんですね。それを社長もずっと覚えて下さっていて、毎シーズン何とか実現したいとやってきました」

 そうして2014年には主将に任命されたが、法政大から入社してきた木下拓哉(現・中日)に正捕手の座を奪われてしまう。悔しかった。20代最後だったこともあり、現役引退が頭をよぎったこともある。だが「木下がプロ入りしたら、またスタメンでマスクを被ってほしい」と説得され、バックアップという役割にも前向きに取り組んだ。

色々な欲が出てきた

 木下のプロ入りが濃厚となってきた昨年10月13日、日本選手権、さらに翌年へ向けて意欲的にプレーしていた二葉はしかし、オープン戦前の練習中に左前十字靭帯を傷めてしまう。はじめは部分断裂だと言われたが、精密検査の結果は完全断裂。捕手というポジションや年齢を考えれば、現役続行は無理だと思えた。それでも、「おまえの力が必要だ」と言われて11月4日に手術。苦しいリハビリに励むのと同時に、データ係としてライバルチームの試合に出かけるなど、どんなことでもチームに貢献しようと動いた。

 7月4日、1イニング限定で8カ月ぶりにマスクを被った二葉のパフォーマンスを見て、桑原大輔監督は東京ドームでのベンチ入り25名の最後のひとりを二葉に決める。

「今年はプロから細山田武史を採用し、新日鐵住金東海REXの竹村祐太朗君も補強した。第三捕手に出番がまわってくるのは、延長や劣勢で捕手に代打を送る展開。だからこそ経験を買いたいと、監督から言われました。本当にありがたいと思いましたね」

 結果的に、二葉が東京ドームのグラウンドに立つことはなかった。だが、切り札を使わずに済んだからこそ、悲願の黒獅子旗に近づくことができたと言うべきだろう。二葉はこう結ぶ。

「日本選手権と比べてという意味ではありませんが、やはり都市対抗の優勝はひと味もふた味も違う。これで“夏に勝てない”と言われることもなくなりますし、常勝チームへの第一歩を踏み出すことができたと思います。僕自身も、これからの野球人生で指導者への関心など色々な欲が出てきました(笑)。そして何より、豊田社長との約束を果たせたのがうれしい」

 名実ともに社会人野球をリードしていく存在となったトヨタ自動車が、これからどういう歩みを見せてくれるのか楽しみだ。もちろん、欲張りな二葉の野球人生も追いかけたい。


横尾弘一

ベースボールチャンネル編集部

最終更新:7/29(金) 17:00

ベースボールチャンネル

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