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ホークス松坂「一番は全国に友達ができた」。鷹選手たちが振り返る甲子園の思い出

ベースボールチャンネル 7/30(土) 17:00配信

甲子園で思うように投げられなかった松本

 毎年、この季節がくると、現在はプロの世界で奮闘しているホークスの選手たちも、高校野球は気になる話題のようだ。母校の先生や後輩たちに連絡したり、オフ日に応援に駆け付けたりするという。

 今年も、第98回全国高等学校野球選手権の都道府県大会は白熱。強豪校の初戦敗退、ノーシードからの躍進など、例年以上に、各地で波乱が起きた。また、優勝候補のプレッシャーと闘いながらも順当に勝ち抜き、夏切符を手にした高校も見事だ。いつまでも青春の象徴である高校野球。夏の甲子園を前に、ホークスの選手たちに、当時の思い出を振り返ってもらった。

 まだ記憶に新しい一昨年、夏の甲子園に出場した盛岡大附高(岩手)のエースで4番、松本裕樹。当時、大谷二世とも騒がれ、投げては最速150キロ、打っては高校通算54本塁打と、二刀流でチームを引っ張ってきた。

 そんな松本の最後の夏は、岩手県大会決勝で痛めた右肘の影響で、甲子園では本来の姿を魅せることはできなかった。しかし、それでも痛み止めを飲んでマウンドに立ち、初戦の東海大相模戦では、3失点完投勝利。2回戦の敦賀気比戦では、2回2/3で9失点と肘の痛みも限界に達し、悔しい敗戦となった。それでも松本は、「最後の夏は、楽しかったですね~」と振り返る。「(肘の痛みはあったが)最後だったんで、もう投げるだけでした」とエースの意地と責任を感じさせる。そして、今年、松本以来の甲子園出場を決めた母校にもエールを送っていた。

県大会決勝が印象に残る上林

 2013年、みちのくのイチローと呼ばれた仙台育英の上林誠知。

 普段、クールに振る舞う上林だが、高校野球の話を振ると、急にテンションが上がった。「宮城大会の決勝! 自分たち、劇的な逆転勝ちしたんすよー!」と、3年夏の宮城県大会決勝を一番の思い出に挙げた。

「秋の大会でも負けた相手(柴田)で、初回に5点取られてやばいってなって、エラーした子がまず1点返して、自分が二死満塁から2点タイムリー、ソロホームラン打って、最後は打ててなかった子が同点タイムリー、最後は押し出しでサヨナラです!」

 やや興奮気味に、そして鮮明にスルスルと言葉が出てきた。野球で初めて泣いたという熱戦を制して、見事、甲子園への切符をつかんだ上林だった。

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最終更新:7/30(土) 17:00

ベースボールチャンネル

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