ここから本文です

ゴシップガール vs 人食い鮫!? ブレイク・ライヴリーが『ロスト・バケーション』に挑んだ理由

リアルサウンド 7/30(土) 12:21配信

 ブレイク・ライヴリーといえば、N.Y.マンハッタン、アッパー・イースト・サイドのセレブ高校生たちのオシャレで奔放な青春を描いた、6シーズンもの間続いた人気のドラマ「ゴシップガール」の主役・セリーナを演じた女優として有名だ。都会のリッチな高校生活とスクールカースト上部の争い、ファッションにヒットチャートのポップス、パーティや恋愛の駆け引きと、とにかくアメリカの女の子たちが興味を持つ要素を山盛り乗せた豪華丼のようなドラマで、なかでも当時20歳前後だったブレイク・ライヴリーのお姉さんキャラは、ティーンの羨望の的であり「パーフェクト」の象徴でもあった。

 実際のブレイク・ライヴリーも、「ブレイク」して以降はドラマの相手役だったペン・バッジリー、レオナルド・ディカプリオ、そして最近『デッドプール』でブレイクしたライアン・レイノルズとの交際と、プライヴェートで芸能ニュースに数々のゴシップを提供した。だがその冒険も、レイノルズとの結婚、出産を経て、「ゴシップガール」としての役割も終焉を迎え、アラサーを迎えた大人の役者として新しい役割に挑戦する時期に入ったのかもしれない。

 そんな彼女が新作に選んだのが「サメ映画」だった。海の上で、巨大で獰猛な人食い鮫と一対一で血みどろの死闘を繰り広げるのである。「かつてのティーンの憧れに何をやらせるんだ」と思ってしまうが、これが見どころの多い映画になっているのである。

 ライヴリーが演じるのは、メキシコのビーチにサーフィンに訪れた医学生ナンシーだ。彼女は病気で亡くなった母親の思い出の場所である、完璧に美しい海で時間を忘れ波に乗り楽しんでいた。そこに現れるのが超巨大な人食い鮫である。突然の攻撃を受けた彼女は、とっさに小さな岩場の上に登り避難する。岩場から浜辺まではおよそ200メートルほどの距離だが、その間を鮫が泳いでいるため、彼女はその場から動くことができず、助けが来る見込みもない。しかもその岩場は、潮が満ちると沈んでしまうのだ。鮫という脅威を利用したシチュエーション・スリラーである。

 本作でまず目につくのは、ビーチの美しさだ。本作ではメキシコということになっているが、実際はオーストラリアの島で撮影したという、自然の風景のなかでサーフィンをするシーンは、とりわけ夏に観たい清涼感ある映像として観客を魅了する。そして本作のために過酷なトレーニングをしたという、ライヴリーのスレンダーな身体のラインも見事だ。本作ではこのビーチとライヴリーの水着姿が、映画の始めから終わりまで延々と映っている。その構成に耐えきるというだけでも、ブレイク・ライヴリーの被写体としてのスター性は証明されているといえるはずだ。

 本作の監督は、ホラー、アクションなどジャンル的な娯楽作品を横断してきたジャウム・コレット=セラだ。近年では『アンノウン』をはじめ、『フライト・ゲーム』、『ラン・オールナイト』と、リーアム・ニーソンを主演としたサスペンス・アクションを撮っている印象が強い。その作風には、構図や色彩など凝った味付けの映像をスピーディなカット割りで見せていくという部分があるが、この感性はコレット=セラ監督が編集者出身でミュージック・ヴィデオを製作していた経歴が大きく作用している。本作においても、制限時間を設定して画面の中にデジタル表示などを配置させ緊迫感を煽ったり、スマートフォンの画面などの映像を追加するような描写が見られるが、これはTVゲームやTVドラマなどの演出にも近く、それとは差別化を図ろうと従来の「映画的」表現に回帰しようとする向きが多い現代の風潮のなかでは、むしろ逆行しているように見えなくもない。しかし、このような編集を駆使し人工的な表現を突き詰めていくことで、逆に映画の根源的な魅力に迫ったトニー・スコット監督という巨匠がいたように、コレット=セラの試みも、この方向でさらに職人的な表現を突き詰めていくべきだろう。

 本作のテーマは非常に分かりやすい。医学生であるナンシーは、母親が病気によって命を落としたことで、自身が医師になることに疑問を感じ、目標を見失い人生に迷っている。彼女は母親の若い日の思い出のビーチに行くことで、母のぬくもりに触れようとしている。その退行的な願望は、ビーチから眺められる沖の島が、彼女には「妊娠した女性のように見える」ことからも明らかだ。だが、ビーチには「いないはず」の鮫によって、彼女は死の危機に直面し、身の回りにあるものを活かし、自身の知識や知恵を総動員して生き残る努力をすることで、生命の尊さや、与えられた条件でベストを尽くすことの大事さを学ぶ。そしてこのビーチで一度死に、人間としてまた生まれ直すのである。この内容を、限定された空間のなかだけで、アクションを連続させながら過不足なく86分の上映時間でタイトにまとめ上げているコレット=セラ監督の手腕は評価できる。

 このテーマが、ブレイク・ライヴリーという女優自身のテーマとも重ねられていることに気付いただろうか。彼女は、かつての青春スターとしての健在ぶりを披露しつつも、鮫との戦いの描写のなかで身体を血にまみれさせながら、ファッションやオシャレな恋愛とは無縁の、人間の極限状態を演じることで、人気の象徴としての存在から、俳優として生まれ直す挑戦をしているのである。主人公・ナンシーの妹が言う、「お姉さんが私の目標よ」という言葉は、彼女がアメリカの少女たちの憧れの象徴であることを指しているのではなく、もう一歩踏み出し、新たな目標へと向かう彼女の姿勢に向けられたものなのである。

小野寺系(k.onodera)

最終更新:7/30(土) 12:21

リアルサウンド

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。