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どんなに稼げるようになっても、貧しかった記憶は消えない

ライフハッカー[日本版] 7/31(日) 21:10配信

初めて就いた仕事は、ウォルマートのカート押しでした。あのころは、給料日を指折り数えていたものです。貧困の境界線を行ったり来たりしながら、来月の家賃を心配して生きていたのです。でも、それが普通だと思っていました。貧しさが私に残した心理的恐怖に気づいたのは、むしろお金を稼げるようになってからのことです。

貧しさとは、単なるお金の出入りの話ではありません。もっと心の問題です。貧しさゆえに自分は無価値だと思い込んでいた時期は、自分はもっと給料をもらうべきだと思ったことはありませんでした。なぜなら、自分には価値がないのだから。罪悪感、羞恥心、そして恐怖が、私の(そして何百万もの苦しんでいる人たちの)向上心を妨げていたのです。それは、エンドレスな自滅のサイクルでした。現在同じような状況に苦しめられている人へ。その状況が当然だとは思わないでください。多くの場合、システムはあなたを失敗させるように作られています。でも、そのシステムの何が最悪かって、そこにとどまるのが当然だと思わせることなのです。

お金を持つこととは、良い判断を下す自由を持つこと

給料日を数えて生きていたころは、金銭的に悪い判断とは何かを理解していました。口座に300ドルあって、家賃に250ドルが消え、食費に50ドルが消えたら、その週に映画を見に行くのは悪い判断です。それでも、ときには悪い判断もしました。映画が好きなので、つい思い立って見に行ってしまい、後悔することもあったものです。悪い判断だったかもしれませんが、それでも選択してしまいました。

破産中は、悪い判断をする自由しかありません。家賃を払うことは、とても「良い判断」とは言えません。だって、家賃を振り込んで、誰かに祝福されることはないでしょう。まあ、貧しいときには家賃すら払えないことがあるので、払えるだけマシですが。それにしても、それは単なる立ち泳ぎでしかありません。「かしこく投資」だとか「非常時のための貯金」なんて選択をできるはずがないのです。

でも、初めて稼げるようになったとき、それまで馴染みのなかった予算の柔軟性を発見しました。想像したこともなかった「老後のための貯蓄」といった、「かしこく使う」ための選択肢が選べるようになったのです。キャリアのために講座に通ったり、ソフトウェアを買ったりするのも自由。借金返済もできました。これらはすべて「良い判断」でした。そして何よりも、自分の行動を自ら選択できることに驚きました。

これは、破産中には理解できなかったことです。収支を合わせるだけで精いっぱいだったので、「お金=みんなから取られるもの」としか考えられなかったのです。昇給を望むにしても、単に生活を間に合わせるため。必要最低限以上のお金を望むことに、むしろ罪悪感を持っていたほどでした。お金を欲することが強欲でもワガママでもないことを知ったのは、それからずっと後のことです。自分には、皆が持っている自由を持つ資格はない。そのような考えが、貧困の悪循環の原因でした。お金関係のブログサイトを読むことはありましたが、ライフスタイルインフレの避け方は書いてあっても、自分で自分にハンディを背負わせていることに気づく方法は、どこにも書かれてなかったのです。

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最終更新:7/31(日) 21:10

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