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小説は特別なものだし、絶対にいいものでなければならないと思っています――中村文則(2)

本の話WEB 8/1(月) 12:00配信

中村文則(なかむらふみのり)

2002年、『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。2004年、『遮光』で野間文芸新人賞、2005年、『土の中の子供』で芥川賞、2010年、『掏摸〈スリ〉』で大江健三郎賞を受賞。2012年、『掏摸〈スリ〉』の英訳が米紙ウォールストリートジャーナルの年間ベスト10小説に選ばれる。2014年、アメリカでDavid L. Goodis賞を受賞。

――そんなお忙しいなか、10周年を迎える時に、書き始めたのが『教団X』なわけですよね。

中村 10年目に連載を始めたんです。はじめての連載だったんです。それまでは書き上げたものを渡して一挙掲載とかだったので。はじめての連載で書くものが『教団X』だなんて、どうかしていますよね(笑)。しかも最初の三人称長篇があれだというのもどうかしている。

――四人の男女と二人の教祖の物語であり、人間や世界のありようについての壮大な理論が繰り広げられ、究極の悪の告白もある作品。刊行当時にロングインタビューさせていただきましたが、改めて、この大作が生まれる発端はどこにあったのかおうかがいしてもよいですか。

中村 発端は、ドストエフスキーの時代にはできなかったことをやろうと思ったんですよね。そう考えた時、それなら最新科学を書くことだなと思って。それに、彼は西洋ですが僕は日本人なので、東洋の思想も使えると思いました。もちろんドストエフスキーも仏教は知っていたけれど、そこまで詳しくはなかった。だから、これをやれば西洋の作家よりももっと書けるぞ、と思いました。西洋の宗教も東洋の宗教も交え、かつ物理学も生物学も交えて、人間とは何かということをはじめての連載でやろうとしたというクレイジーな感じで(笑)。

――靖国のことにも触れていますしね。前半、穏健な宗教団体をまとめる松尾さんが仏教から量子論まで持ち出して世界について語りますが、あれはまとめるだけでも大変だったのではないかと思うんです。人間は死んでも原子のレベルではなくならない、といった内容が可能な限り分かりやすく語られている。

中村 それぞれの専門知識を上手に説明できるのは専門家ですが、僕はそれらを合体させられる。そうすると、仏教と生物学は似ているなと気づいたりと、多角的に人間というものを見られるんです。僕がそれらを組み合わせたうえで、僕自身がこうなんじゃないかと思うことを提示できる。『教団X』ではその繰り返しをずっとやっていましたね。物語として書くのは不可能なので、松尾さんが語るお話として物語の間に挟んでいく形式ですね。ストーリーを飛ばしてあの部分だけだったら新書としても読めるというか。

――松尾さんの集まりと、沢渡のカルト宗教は善と悪のように対照的ですよね。

中村 そうですね、それぞれのことを白と黒、みたいに書きましたけれど。実はこの二つは厳密に言えば宗教ではないんですよね。実は書かれているなかで宗教と言っていいのはアフリカの民間信仰だけだという。

 沢渡が黒の系譜だとしたら、松尾さんは「土の中の子供」に出てきた施設長のヤマネさんの系譜ですよね。僕の中の白の系譜です。

――世界論、宇宙論の話という前段階を経て、松尾さんはある主張をします。人の善を信じるような、理想論的な内容ですが、前段階があるから説得力がある。

中村 あの本はあれがメインです。でもただ希望を書くのではなく、徹底的にこの世の中というものを見つめたうえでああいう言葉が出てこないと、きれいごとになってしまうので。なので、悪というものも、これまでの限界以上みたいなところまで書きました。そうでなければ松尾さんの言葉が生きてこないので。

――その悪についての沢渡の過去のパートは読んでいて本当に苦しかったのですが、中村さんはカンヅメ状態で書かれたとか。

中村 そう、こもってテンションを上げて書きました。原始仏教と素粒子論と悪を混ぜていくというのは僕のキャリアの中でもかなり特殊でした。文学史に悪の系譜みたいなものもあると思うんですけれど、そこにまたひとり登場させたかったんですよね。木崎も特殊ですが、沢渡も特殊です。東洋的ですよね。西洋だとあまりああいうタイプはいない。

 科学的なことなどあらゆることを知るためにめちゃくちゃ本を読みました。『教団X』は巻末に参考文献がかなり載っていますが、本当はあれ以上ありますね。それと同時に新聞連載を書いていたなんて頭がおかしいです。

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最終更新:8/1(月) 12:00

本の話WEB

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