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ウルフよ永遠に…我らがヒーロー“千代の富士”を名言とともに振り返る

MEN’S+ 8/1(月) 0:19配信

角界の偉大なるヒーロー

 『メンズクラブ』「メンズ・プラス」の読者の中でも、お兄さんクラスの40代の方にとって、おそらく絶大なるヒーローではなかったでしょうか。横綱千代の富士、のちの九重親方が2016年7月31日(日)、61歳の若さで亡くなられました。昨年2015年11月には、千代の富士の兄的存在であった北の湖も亡くなられたばかり。角界の昭和のヒーローたちが次々と…。 
 
 当時、千代の富士ファンであった読者の皆さんも多かったことでしょう。身長は183cmであるも体重は127kgと、決して有利とはいえない体格でありながらも負ける気がしなかった千代の富士の全盛期。体重別の階級制度がない相撲ならではの楽しみとして、千代の富士対巨漢力士の代表であった小錦との取り組みはいまでも忘れらないのではないでしょうか。
 
 そんな子供の頃のヒーローであった千代の富士の土俵入り、および立合いの写真、加えて名言をここで特集します。これをご覧になって、皆さんもリアルに千代の富士の思い出を甦らせてください。学校から帰宅しランドセルを放り投げ、台所では母がトントンと音を立てながら夕飯の支度をするなかテレビをワクワクしながら観ていた頃を。
 
 
 のちのちに八百長疑惑も叫ばれたりしますが、真実は藪の中。少なからず千代の富士は、当時の我々に確実に元気を与えてくれたヒーローなのです。その感謝の気持ちとともに、この特集をご覧ください。そして、改めて千代の富士の強さを再確認することでお別れの儀としましょう。
 
 
◇九重 貢、元横綱千代の富士
本名は秋元 貢(あきもと みつぐ)。1955年(昭和30年)6月1日生まれ。北海道松前郡福島町出身。初土俵は、1970年の秋場所。そして1975年秋場所で新入幕に。1081年秋場所から横綱に昇進したのでした。通算成績は1045勝。優勝回数は31回。三賞の受賞は7回。1989年年には、国民栄誉賞に輝いています。1991年の夏場所限りで引退。その後は年寄陣幕を襲名する。1992年4月に九重を襲名し、部屋の師匠となる。2008年2月に理事初当選し、広報部長、審判部長、巡業部長などを経て、2012年2月から事業部長となる。2015年の名古屋場所を休場し、膵臓(すいぞう)がんの手術を受けていたことが公表されていました。

【40代のヒーロー、千代の富士の一覧画像を見る!】

メンズ・プラス編集部

最終更新:8/1(月) 0:19

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