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Brexitの背景にある、イギリス国内のさまざまな「格差」

HARBOR BUSINESS Online 8/1(月) 16:20配信

 いまだに揺れ続ける英国のEU離脱問題では、国内外を問わず様々なメディアが「なぜ英国民は離脱を選んだのか?」をテーマに分析をしている。その中で何度か話題に上っているのが、英国内で拡大している「格差」問題である。日本で格差というと貧富の格差というイメージが強いのか、経済格差の文脈のみで捉えられがちのようだが、英国内で論じられている格差というのは、それとは少し違っているようだ。格差とひとくちに言ってもここでは経済のみならず、階級、地方と都市、年齢、情報へのアクセスといった様々な要素が複雑に絡み合っている。

 EU離脱問題についての議論において格差がクローズアップされたのは、投票結果の詳細な統計が公表されてからのように思われる。投票後に各メディアが相次いで公表した統計データでは、残留派に多い特徴として「若い」「都市圏在住」「高学歴」、離脱派に多い特徴として「中高齢」「イングランドの地方在住」「高等教育を受けていない」といった傾向が読み取れる。これを受けて、直後には一部の残留派から「学識のない中高齢者たちがメディアに踊らされた」という感情的な意見も聞かれたが、より冷静な人々は、これは英国で人口の多くを占める労働者階級の不満を見過ごしてきた結果ではないかと指摘している。

◆割りを食った「労働者階級」

 前提として、英国社会における階級制度と、格差問題は似て非なるものであることを確認しておくべきだろう。公的には廃止されたとはいえ、階級制度は英国社会の中に根強く残っており、実生活の中でもしばしば「あの地域はすごくミドルクラスっぽい」「彼はワーキングクラスの家庭出身だ」などというフレーズを耳にすることがある。いわゆる庶民の中で比較的高所得でホワイトカラーなのが中流階級、低所得でブルーカラーなのが労働者階級とされるが、どの階級にもそれぞれのプライドがあるようだ。労働者階級は手に職を持ち、産業革命時代から英国の成長を前線で支えてきた階級という誇りもあり、貧富の格差という文脈において語られる「貧困層」とは異なっている。

 しかし、近年のグローバル化はそうした誇り高い労働者階級を置き去りにしてきた。中流階級の多くの人々は、海外からの留学生も多く集まる大学に通い、あるいはEU内の制度を利用して欧州各国に留学し、卒業後は都市圏で大手企業に勤めたり専門職に就き(多くの場合は欧州のマーケットとのやりとりも発生する)、休暇にはヨーロッパでバカンスを楽しむ。EUからの恩恵を様々な場面で受けているのだ。それに対し、労働者階級にはカレッジなどで技術を身につけるため大学に進学しない人も多く、建設業や技術職は低賃金での労働を厭わない移民の流入により最もあおりを受け、バカンスどころではない。その上、リーマンショック以降政府は低迷する経済の打開策として、大幅な財政緊縮と金融緩和に踏み切った。これにより、金融業界は世界市場の中で利益を上げ表向きは経済が回復したが、労働者階級にはその利益は回らず、緊縮策による福祉予算の削減が彼らを直撃した。そこに移民が増えることで、さらに病院や学校が圧迫されるとの不安が広がっていった(実際には、病院で働く医療関係者や学校の教師には移民が多く、移民なしでは福祉サービスが更に逼迫するという見方も多いのだが)。

◆残留/離脱を分けた「地方vs都市」「世代間」格差

 また、地方と都市部の格差も大きい。今回の投票結果ではロンドンは圧倒的に残留支持であり、幾つか例外はあるものの他の主要都市の多くも残留派が優勢だった。さらにスコットランドと北アイルランドは全域で残留支持だったにも関わらず、それを抑えて離脱派が勝ったのは、イングランドの地方で圧倒的に離脱派が多かったからだ。これには中流階級が都市部に集中しているという理由もあるが、同時に地方の空洞化、特に雇用やカネの都市部への集中も影響していると思われる。特にホワイトカラーの職種は都市部に集中し、都市部より安い人件費を理由に地方に作られる工場などでの仕事は、更に低賃金でも働く移民に流れていく。国内外からの投機マネーで都市部が繁栄するのを横目で見ながら、地方はグローバル化の負の側面だけを強いられていると感じるのも無理もない。

 更にここに年齢による視点の違いも加わってくる。EUの前身であるECに英国が加わったのが1973年、現在の形態となるEUが発足したのは1993年だ。現在の中高年層には「EU以前」の英国の記憶が残っている。現在の若者たちは「EUの中の英国」で育ち、移民2世や3世が多く欧州とも繋がりの強い社会に慣れ親しんでいる人が多いが、中高齢層はそうではない。以前からのライフスタイルや価値観が急激な時代の流れに取り残されるのに戸惑うなか、「EU以前の英国」は、グローバル化が進む前の英国、ひいては大英帝国として繁栄していた頃の英国の記憶と混じり合い、強い郷愁をそそるものとなっているのだ。実際のところEUを離脱したからといって加盟前の英国に戻るわけではないのだが、EUの官僚体質に対する不満も加わり、それが英国としてのアイデンティティを取り戻したいという思いを強めてもいる。

 そしてこれらの様々な格差は、情報格差という形でも現れてくる。中流階級のいわゆる知識層は様々なメディアに触れることが多いし、都市部では新聞雑誌などのメディアの選択肢も豊富だ。若者はインターネットを使いこなしSNSでも活発に情報交換をしている。しかし、地方では店頭に並ぶメディアの選択肢が限られているし、中高年層にとってインターネットは若者ほど馴染みがない。更に、頑固な気質が残るとされるイングランド北部などの地方では、労働者階級が読む新聞などもある程度決まっており、それ以外を読むのは「インテリ気取り」という意識があると言われる。このため、一部の人々にとってはごく一部の大手メディアが情報源となりがちだ。それらのメディアでは政治経済的な分析よりも目を引きやすい、「難民危機」や「英国の独立」を謳うセンセーショナルな報道が多く、それを目にすることで不安が更に増幅していったのではないだろうか。実際、国民投票実施後にGoogleで「EUとは何か?」「離脱したらどうなるのか?」といった検索が急増したという報道からも、多くの人が情報不足の中で投票したことが推測される。

◆EU離脱を生んだ「格差」はいっそうの影を落とす

 そもそも、経済的・政治的観点から言えば、今回残留が「合理的な選択」であったことは多くのメディアで報じられてきた。EUが多くの問題を抱えているにしても、自由な経済活動ができる恩恵はそれ以上の価値があり、全く先行き不透明な離脱という選択肢は合理的に言えばリスクが大きすぎる。しかし、こうした見方自体がEUやグローバル化の恩恵を受けている立場からのものだ。その恩恵を実感できず、歪みのしわ寄せだけを押し付けられてきたと感じる人々にとっては、失うものがそもそもないのだから、一か八かでも変化を望むのはただの非合理的な感情論ではないのだ。また、投票前の予想では、その差が縮まってはいたとはいえ、残留派が勝つとの見方が圧倒的に強かった。そこで「どうせ残留に決まるのだから」と、現在の状況に対する抗議の意味を込めて、本心とは別に離脱に票を入れた人も多かったという。いずれにしても、これまで社会の中で見過ごされてきたと感じる人々が、中流以上の層が唱えるEU残留論に反感を感じ、離脱に票を投じたという面は大きかったと言えるだろう。

 実際のところ、こうした人々が全くEUの恩恵を受けていなかったわけではない。特に製造業などはEUの巨大な市場に関税なしで輸出ができることで、雇用が創出されていると言われる。また、例えば今回離脱派が多数だったコーンウォール地方は、これまでEUから多額の補助金を得てきた地域でもあり、コーンウォール地方議会は国民投票後、その補助金が維持されるという保証を求める声明を発表した。それに、EU離脱で英国経済が不安定になることの影響は当然地方にも及ぶだろう。投票前に残留派が地方や労働者階級の声に耳を傾け、彼らの受けるメリットをきちんと説明する情報が届いていれば、結果は違っていたかもしれない。だが実際には格差が大きすぎて、中流層の多くにはこうした人々の姿が見えてすらいなかった。EU離脱が現実になるかどうかはまだ不透明だが、EUの離脱をなかったことにすればこれらの不満は更に燃え上がるだろうし、離脱をしたところで彼らの不満が根本的に解消される見込みは薄い。そうなれば更なる不満の矛先は恐らく移民へと向くだろうが、経済から福祉サービスまでが移民に支えられている英国社会が、移民なしで発展を続けるのは相当な難題だ。

 こうした格差問題は、EU離脱問題以上に深刻な英国社会の問題と言えるかもしれない。果たしてこれらの格差が、これからの英国社会にどのような形で現れてくるのか、注目したい。

<文・箱崎日香里(翻訳家・ライター)>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:8/1(月) 16:20

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