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小池百合子氏を圧勝させた改革の覚悟と都民の怒り

JBpress 8/2(火) 6:15配信

 注目の東京都知事選挙は、小池百合子氏の圧勝に終わった。この結果は、小池氏にとっても想定以上のものではなかったのかと思う。それほど“みどりの旋風”を巻き起こす選挙だった。最終日の池袋駅前での街頭演説には、5000人の人々が押し寄せ、「百合子コール」が自然にわき上がった。池袋は、衆議院議員としての小池氏の地元だったが、ここまでの経験はなかったのだろう。思わず感涙を流していた。

 これが組織動員をかけた結果なら、別段不思議はない。組織動員はゼロ、すべてSNSなどで知った都民が自主的に押し寄せたのだ。こんな選挙戦は、まったく異例だ。かつて小泉純一郎氏が首相時代も、どこに行っても多くの人々が押し寄せた。それでも、かなりは組織動員だった。

 だが今回は、自民党、公明党、民進党、共産党などの政党や業界団体の締め付けのなかで、その枠を打ち破って小池氏が勝利した。それだけ舛添前知事の政治資金を巡る混乱と辞任劇に都民が怒りを持っていたということだろう。

■ 都政改革への覚悟を持っていた小池氏

 この都政の停滞を打開するには、当然、強いリーダーシップを持った政治家が必要になる。あれこれの公約もあるだろうが、実は、都民が一番求めていたのは、本気で都政を改革する覚悟を持っているかどうかであった。

 多くの都民がその覚悟を感じたのは小池氏だったということだろう。自民党の支持を得られる保証がまったくないもとで、「崖から飛び降りる覚悟」で立候補を表明し、自民党、公明党が増田寛也氏を担ぐことがほぼ確定した状況でも、「名誉ある撤退こそが、私にとって不名誉」と言い放った。

 簡単なことではない。小池氏は環境相、防衛相などを歴任した自民党政治家である。仮に、知事選挙に負けていたなら、自民党から厳しい処分を受け、政界復帰の道は断たれることになったであろう。まさに小池氏が語ったように、退路を断った決断であった。“くそ度胸”と言っても良いぐらいの大決断だ。おそらくこんな決断は、男にはできない。

 これに比べて増田氏や鳥越俊太郎氏はどうだったか。増田氏の場合、ほぼ自公が推すことが決まっているのに、なかなか結論を出さずに、区長会や市長会による出馬要請など茶番劇を延々と繰り広げた。

 自民党所属の衆議院議員である小池氏には、嫌がらせとしか思えない対応を続けて、参院選挙が終わった翌日の7月11日に東京都連として増田氏の推薦を決定した。告示のわずか3日前である。

 石原伸晃東京都連会長などは、「11日の会議には小池氏も招いている。そこで増田氏の推薦が決まれば、(小池氏が)立候補を取りやめることもあるのでは」などと語っていた。下村博文衆議院議員も、「なぜ小池氏は来ないのか。この会議で候補者を決めるのだから、来て推薦を求めれば良いではないか」という趣旨の発言を行っていた。小池氏を降ろして、増田氏推薦する会議に、小池氏が参加するはずがないではないか。小池氏をなめ切った対応をしていた。

 このどこにも都民への目線がない。覚悟も感じられない。それはそうだろう。小池氏が言う「都政改革」とは、まさにこの東京都連や都議会自民党にその矛先が向かっていたからだ。この時点で、自民党・公明党連合は、敗北が決まっていたと言うべきだろう。

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最終更新:8/3(水) 11:30

JBpress

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