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8度の手術を経験した“松坂世代”右腕 度重なる復活の裏に“逆転の発想”

THE ANSWER 8/3(水) 11:32配信

何度も逆境から這い上がったヤクルト館山昌平、復活支える“発想”とは

 ケガを乗り越えるたびに強くなる。

 東京ヤクルト・スワローズの館山昌平は3度目の右ヒジの側副靭帯再建手術(トミー・ジョン手術)に踏み切りながらも、昨シーズンに復活を遂げてチームの14年ぶりとなるセ・リーグ制覇に貢献した。今シーズンも4月に再び右ヒジにメスを入れることになったが、7月22日の中日ドラゴンズ戦で303日ぶりの白星を挙げている。

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 これまで受けた手術は計8回。どうして彼はリタイアに追い込まれることなく、復活に辿りつけるのか。

 その要素に「逆転の発想」がある。

 象徴的なエピソードと言えば、血行障害を乗り越えたときのこと。彼は2011年11月に手術を受けたものの、すぐに完治するわけではなかった。病気とうまく付き合いながらマウンドに立たなければならない。血行障害を患った手でボールを握ると指がへこんで跡が残ることに彼は着目し、指の「へこみ」に引っかけて投げることでコントロールが良くなったという。違う角度から物事を見て、新しい発見をしていくのが彼だ。

「血行障害という現実をまず受け入れなくてはなりません。じゃあそれをどうやってプラスに持っていけるのかを考えていきました。(考えるというのは)元々、野球がうまくなかったところが原点なのかもしれませんね。人がやらないようなこと、考えないようなことを、やってみる。(相手からすれば)100kg近い体重があるのに横投げだよとか、速いボールを持ってそうなのになかなか投げてこないぞ、とか。隙間産業じゃないですけど、そういうことを考えようとします。想像はもう無限大だと思いますから」

考えることは「苦」ではない、「しょっちゅうくだらないことを考えている」

 考えるということ。

 元々、野球エリートではない。日大藤沢高時代、松坂大輔の好敵手であった彼は日大からドラフト3位でヤクルト入り。右ヒジの手術を経て初勝利をつかんだのは、プロ入り3年目だった。サイドスローへの転向、多彩な球種など必要なものはないかと己に問いかけ、自分を変化させていった。

 ただ、館山にとって考えることは「苦」にならない。野球を楽しもうとしているからこそ、新しい発見に出会うのかもしれない。

「僕の場合、しょっちゅうくだらないことを考えています(笑)。いろんな人との会話のなかで、ふざけたことを言い合いながらもヒントがあったりする。遊び半分で取り入れてみて、いいなと思ったら勇気を持って使ってみるとか。野球を好きで始めて、まだまだうまくなれるんじゃないかって思っているので、野球のことを考えるのはとても楽しいですね。

 たとえばこれまで抑えてきたバッターに決勝打を打たれたら、ようやくやっつけたと思っているんだろうなとか、相手のスコアラーさんは今日きっとおいしいお酒を飲んでいるんだろうなとか、そういうことを考えたりもします。考えて楽しんでいる場合じゃないんですけどね(笑)。まあでも、勝ったらうれしいし、負けたら悔しい。仮に負けたとしても、次にやり返せるチャンスが巡ってくるわけじゃないですか」

 彼はそう言って、フッと笑った。

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最終更新:8/3(水) 12:09

THE ANSWER