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今や納豆の定番「金のつぶ」――業界構造を変えた20年前のイノベーションとは?

HARBOR BUSINESS Online 8/3(水) 9:10配信

◆200年に渡って受け継がれる、フロンティアスピリッツ

 皆さんは戦前に地方メーカーながら、のちにキリン、アサヒ、サッポロとなる大資本を向こうに回して、1900年のパリ万国博覧会では金牌を獲得した「カブトビール」や、マクドナルド1号店が銀座にオープンした1971年に、赤坂を中心に大きなバンズと本格的なピクルスを武器に、展開した「ハンダス」というハンバーガーショップをご存知でしょうか? カブトビールの方は、ジブリ映画「風立ちぬ」の劇中にも、度々登場していたので見覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、これらのチャレンジングな事業が「味ぽん」などの人気商品で知られ、創業200年を超える食品メーカー、ミツカン(Mizkan)によるものだと聞くと意外に思われる方も多いのではないでしょうか。また、近年もミツカンは、2014年に世界的消費財大手のユニリーバから、パスタソースブランド「ラグー(米国1位)」と「ベルトーリ(米国4位)」を2150億円で買収しているのですが、2014年のミツカンの売上高が1642億円、経常利益は212億円であったことを考えると、上記のアグレッシブな事業展開も決して昔に限ったエピソードというわけではなさそうです。

第26期決算公告:6月1日官報91頁より

当期純利益:43億3400万円

利益剰余金:187億3100万円

過去の決算情報:詳しくはこちら http://nokizal.com/company/show/id/1703294#flst

 そこで、今回はミツカンの創業からの代表的な看板商品を振り返りながら、200年に渡って、代々の当主の名前「中野又左衛門」とともに、受け継がれてきたフロンティアスピリッツのDNAを追ってみたいと思います。

◆タブーへの挑戦から始まったミツカンの創業エピソード

 ミツカンの創業は1804年、半田村(愛知県半田市)の有力な酒造家から分家を許された、初代中野又左衛門が酒造の傍ら、酒粕を利用した「粕酢」の製造を始めたことに端を発しています。しかし、当時この挑戦は酒造家にとっては、相当リスクを伴うタブーともいえるものでした。なぜなら、酢のもとになる酢酸菌が酒に混入してしまうと「酒」が全て「酢」になってしまうためです。しかし、初代又左衛門は見事にこの難題をクリアし、粕酢の製造販売を開始し、地元で評判を獲得します。

 一方、その頃江戸の町では、現在の握り寿司の原型「早すし」の更に前の段階「半熟れ」と呼ばれる寿司が流行し始めていました。元々寿司は、塩漬けにした魚を米飯に1年以上浸け、乳酸発酵させた「熟れずし」がその起源で、それに酢を加えて発酵を早めたものが「半熟れ」になります。

 その流行の噂を聞きつけた初代又左衛門が江戸を訪れると、確かに半熟れが流行していましたが、使われている酢は当時はまだ高価だった「米酢」でした。実際にそれらを食した初代又左衛門は、米酢よりも安価な粕酢の風味の方がむしろ合うことを確信、半田に帰ると早速大量の粕酢の生産を行います。そして、酒造によって培われた海運力と販売ルートも活かして、江戸の人気寿司屋への積極的な売り込みを開始、見事にその支持を獲得し、ここに現在のミツカンに至る歴史がスタートします。

◆酢の王者にとってどんな競合よりも強力なライバルとは?

 このように江戸での酢の販売を成功させたミツカン、その後本格的に酒造業から酢造りに本業を移し、代々の中野又左衛門の指揮のもと、恐慌や震災、太平洋戦争といった時代の苦難や時に粗悪な合成酢とも戦いながら、食酢のトップメーカーへと成長していきます。一方で、冒頭に挙げたビール事業のような新規事業にも果敢に進出・撤退しており、初代以来の進取の気風も失われていませんでした。

 しかし、そんな酢の王者ミツカンにも、かつての主要な販路であった酒屋や家庭の食卓で、どうしても勝てない強力なライバルが存在しました、今も日本人の食生活の中心に存在する偉大な調味料「醤油」です。酢はもちろん、今も昔も主要な調味料には間違いありませんが、醤油と比べると二番手感は否めません。醤油に対抗できるような、オリジナルな調味料は出来ないか? 7代目中埜又左エ門(中野又左衛門から改名)社長の時代に、辿り着いた答えこそが、現在では年間売上150億円、市場シェア60%超の看板商品「味ぽん」でした。

◆一般には普及していない特別な調味料だったポン酢の商品化

 味ぽんが誕生したのは、東京オリンピックが開催された1964年。その3年前に、7代又左エ門社長が博多の料亭で取引先との宴会に出席した際に、博多名物の水炊きと共にだされたポン酢の美味しさに感動し、商品化を思いついたことがきっかけです。というのも当時、ポン酢は一般家庭には普及しておらず、料理屋で鍋を注文した際に初めて口にするような特別な調味料だったためです。

 社長の特命を受けた開発陣は、試作品を作るたびにダメ出しをされながら、料亭に通いつめてプロのポン酢を研究。様々な地方の醤油やだし、酢の配合を繰り返して、ようやく社長のGOサインの出る新しい調味料「ミツカンぽん酢〈味つけ〉」(その後、味ぽん)を完成させました。

 しかしながら、こうして発売された味ぽんでしたが、元々水炊きの習慣があった関西ではあっという間に普及したものの、寄せ鍋に代表される味がついた鍋が主流の関東では、当初の数年間全く売れませんでした。そこで、悩んだ末に関東担当の営業マンは「朝売り」と名付けたゲリラ的な販促作戦に出ます。

 それは、早朝から荷台を屋台に改造した軽三輪車で卸売市場に行き、荷台のコンロで水炊きを作って、買い付けに来る小売業者に試食販売を行うものでした。こうした地道な販路開拓の積み重ねの結果、味ぽんは関東でも徐々に販路と生活者の支持を獲得、その後は鍋以外でも焼肉や焼魚に合わせて使用されるなど、食卓に欠かせない調味料として普及していくことになりました。

◆「超酢作戦(1971年)」と「1000&73計画(1988年)」

 ところで、前述した通り、味ぽんの「市場」シェアは60%超なのですが、そもそも味ぽんはそれまで存在しなかったポン酢市場を形成したという意味でも、画期的な商品であったといえます。ミツカンは味ぽん以降、こういった家庭の食卓への新しいタイプの習慣やメニューそのものの提案を積極的に展開していきました。

 その契機となるのが、食酢の売上を伸ばしながら、それ以上に食酢以外の商品開発に注力するとした1971年の「超酢作戦」と、5年後の売上1000億円(当時の売上660億円)と食酢以外での売上7割を目指すとした1988年の「1000&73計画」です。

 前述した「ハンダス」のような撤退したケースもありますが、この時に作られた商品の中には新しい食習慣を家庭に持ち込み、味ぽんと並んで、現在のミツカンの看板商品になっているものも少なくありませんので、振り返っておきましょう。

しゃぶしゃぶのたれ(1979年)

『ぽんしゃぶ』『ごましゃぶ』の2種類の「しゃぶしゃぶのたれ」を発売。それまで外食メニューだったしゃぶしゃぶが家庭でも楽しむ鍋メニューとして定着するきっかけとなっています。

おむすび山(1982年)

ほかほかご飯に混ぜるだけ、というコンセプトで大ヒット。「ごはんの味つけ商品」という新たな加工食品分野を切り開きました。

手巻き寿司(1988年)

元々、寿司屋の裏メニューだった手巻き寿司に注目し、家庭でも気軽に食べられる寿司として「土曜日は手巻きの日」として大々的にキャンペーンを展開。とんねるずのCMが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。

追いがつおつゆ(1988年)

本格かつおだしを贅沢に使用した「濃縮二倍つゆ」という商品で、つゆ市場に新規参入。のちに「追いがつおつゆ」にネーミング変更したのをきっかけに、つゆ市場でトップシェアを記録。

五目ちらし(1989年)

混ぜるだけで、簡単にちらし寿司ができるレトルト食品のちらし寿司の素を発売、人気商品に。現在ではドライ製品部門の主軸に成長しています。

◆ミツカンが起こした納豆イノベーションとは?

 さて、ここまで見てきた通り、江戸時代の粕酢に始まり、時には失敗も重ねながら、ポン酢をはじめ、単なる新商品にとどまらない、新しい食習慣そのものを提案するような商品を次々と食卓に提供してきたミツカン。最近ではM&Aによって日本だけでなく、海外にもその展開を広げているのは前述の通りですが、一方で20年前から、ある伝統的な食品分野でも台風の目となっていることにお気づきでしょうか? その分野とは「納豆」です。最後にそちらでの展開にも触れておきたいと思います。

 ミツカンが朝日食品の買収により、食酢醸造で培った菌の育種や発酵技術が活かせるとして、納豆事業に本格参戦したのは8代目が経営を受け継いだ後の1997年。ちなみに、納豆業界というのは地方の小規模業者が多い業界で、トップ10のメーカーでも一桁台のシェア率が並ぶのですが「おかめ納豆」でおなじみのタカノフーズのみ別格で、30%前後のシェアを獲得しています。そんな納豆業界参入の切り札として、ミツカンが翌年の1998年に投入した商品こそが、厳選した大豆をこだわりの製法で仕上げた「金のつぶ」でした。

 ここで金のつぶシリーズが、美味しさに加えて納豆という伝統食品で起こしたイノベーションをいくつか挙げてみましょう。

金のつぶ「におわなっとう」(2000年)

約2万の納豆菌の中から探し当てた菌により、納豆特有の気になるにおいだけを抑えることに成功。2006年までに10億食を超える大ヒット。

金のつぶ「ほね元気」(2000年)

骨を強くする働きのあるビタミンK2を従来の納豆の1.5倍以上含み、納豆業界としては初めて特定保健用食品の許可を獲得。

金のつぶ「超やわらか納豆」(2007年)

水分量がごはんとほぼ同じで、とろけるような食感が特徴の「とろっ豆」を開発。ごはんとの相性が抜群との評価を獲得し、発売から6ヶ月で1億7000食を超える大ヒット。

金のつぶ「あらっ便利!」(2008年)

たれの小袋とフィルムをなくし、たれを箸でつまんで納豆に混ぜるだけで食べられる画期的な商品。利便性の高さに加えて、家庭ゴミを年間45トン削減することにも成功。

金のつぶ「パキッとたれ」(2012年)

好評だった「あらっ便利!」でしたが、たれが溶けづらい、納豆のスペースが狭いという声に応えるべく開発。液体たれの入ったふたの上部をパキッと割る予想外の楽しさもあり、1年で2億食を突破する大ヒット。

 こうして、金のつぶシリーズで納豆にイノベーションを起こしたミツカン、加えて2009年に関東を中心に人気の「くめ納豆」を、2011年には西日本で人気の「なっとういち」をそれぞれ買収、遂にタカノフーズと2強を形成するに至り、見事に納豆業界への参入を成功させました。

◆挑戦の歴史が証明する、有言実行の企業理念

 今回は、数々の挑戦に彩られたミツカンの歴史を取り上げてみましたがいかがでしたでしょうか。最後は、そんなミツカンの企業理念をご紹介して締めさせて頂きたいと思います。

「買う身になって まごころこめて 良い品を」

「脚下照顧に基づく現状否認の実行」

 大企業の企業理念というと、えてして現実とかけ離れた建前を感じることも少なくありませんが、ミツカンの場合は実に重みを感じる企業理念と言えそうですね。

決算数字の留意事項

基本的に、当期純利益はその期の最終的な損益を、利益剰余金はその期までの累積黒字額or赤字額を示しています。ただし、当期純利益だけでは広告や設備等への投資状況や突発的な損益発生等の個別状況までは把握できないことがあります。また、利益剰余金に関しても、資本金に組み入れることも可能なので、それが少ないorマイナス=良くない状況、とはならないケースもありますので、企業の経営状況の判断基準の一つとしてご利用下さい。

【平野健児(ひらのけんじ)】

1980年京都生まれ、神戸大学文学部日本史科卒。新卒でWeb広告営業を経験後、Webを中心とした新規事業の立ち上げ請負業務で独立。WebサイトM&Aの『SiteStock』や無料家計簿アプリ『ReceReco』他、多数の新規事業の立ち上げ、運営に携わる。現在は株式会社Plainworksを創業、全国の企業情報(全上場企業3600社、非上場企業25000社以上の業績情報含む)を無料&会員登録不要で提供する、ビジネスマンや就活生向けのカジュアルな企業情報ダッシュボードアプリ『NOKIZAL(ノキザル)』を立ち上げ、運営中。

<写真/Natcham N>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:8/3(水) 9:10

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