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リオでも事件が!? 五輪開会式の意外なトリビア5選

R25 8/5(金) 7:00配信

いよいよ開幕が迫ってきたリオデジャネイロ五輪。競技場の準備の遅れをはじめ、ジカ熱や治安問題など不安材料も様々あるが、歌ありショーありと、回を重ねるごとに演出方法も派手になる開会式はやはり楽しみ。そんな五輪開会式にまつわるトリビアや雑学をまとめてみた。

1)「JAPAN」ではなく、漢字で「日本」表記を希望したことがあった

開会式といえば選手の入場行進。はじめて行われたのは1908年の第4回ロンドン大会から。その後、五輪発祥の地であるギリシャに敬意を表し、1928年のアムステルダム大会からは、ギリシャが先頭で入場し、開催国の言語でのアルファベット順で他の国が続くように。開催国は最後に入場するようになった。

日本が初めて参加したのは1912年のストックホルム五輪。実はこの時だけ、入場時のプラカード表記は「NIPPON」だった。当初、「JAPAN」のプラカードが用意されていたが、選手のひとりが漢字で「日本」表記を希望。議論が紛糾してしまったため、日本選手団団長の嘉納治五郎が折衷案として「NIPPON」表記を採用したという。

ただ、プラカードは変更できても入場行進の順序までは変更できず、「N」なのにイタリア(I)とルクセンブルク(L)の間で入場した。

2)第一次大戦後に「平和」を願って生まれた選手宣誓

入場行進後、開催国の代表によって行われるのが選手宣誓。はじめて行われたのは1920年のアントワープ(ベルギー)大会から。第一次大戦直後という時代背景もあって、スポーツマンシップを唱和する式次第が採用された。

1964年の東京五輪でも高らかに唱和されており、この光景をきっかけに、日本中の運動会で選手宣誓が行われるのが定番となった。

ちなみに、誰もが知る五輪マークが公式に採用されたのもアントワープ大会から。選手宣誓同様、「五大陸の連帯」という平和へのメッセージから生まれたものだった。

3)聖火リレーはナチスが発案?

開会式のハイライトといえば聖火リレーからの聖火点灯式。はじめて行われたのは1936年のベルリン大会からだ。開催決定後にドイツの政権を握ったナチス党が、大会のPRと国威発揚の一環として、ギリシャからドイツまで、総勢3075人のランナーの手による「聖火リレー」を初めて採用した。

この時のルートは、ギリシャ→ブルガリア→ユーゴスラビア→ハンガリー→オーストリア→チェコスロバキア→ドイツ。第二次大戦時、ドイツ軍が侵攻したのがこの逆経路だったため、ドイツ軍の下見的な要素もあったともいわれている。

聖火リレーといえば、毎回、途中で火が消える騒ぎが定番化。今回も、聖火を消そうと乱入者が出て騒ぎになった。実際には、火が消えても別に種火があるため問題はないが、「ベルリン大会の聖火リレーは途中で消えてしまい、種火を用意していなかったためにマッチで灯した」という都市伝説もある。

4)「開会式には鳩を使うこと」!? 五輪と鳩の深遠な関係

聖火で物議を醸したのが、1988年のソウル大会。たくさんの鳩が羽を休めていた聖火台に業火のごとく火が灯り、まさに焼き鳥状態となった。

実は開会式と鳩の結びつきは深く、1896年の第1回大会にまつわる文献でも「1000羽の鳩が一斉に青空に飛び立った」という記述があるほど。実際、五輪憲章に「開会式には鳩を使うこと」と明記された時代もあった。ただ、動物愛護の観点から、2004年以降、鳩の記述は削除されたという。

そんな大事な鳩なのに、過去には鳩を撃ち落とす競技もあった(第2回大会のみ)というから驚かされる。

なお、前回の東京五輪の開会式で放たれた鳩の数は8000羽。2020年大会ではいったい何羽の鳩が空を染めるのだろうか。

5)世界初の衛星生中継を彩った、ぶっつけ本番の偉業

東京五輪と空、といえば、「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような」というアナウンサーのフレーズがあまりにも有名。その青空を彩ったのが、航空自衛隊・ブルーインパルスによる五輪の輪を模したカラースモークだ。

実はこのカラースモーク、事前練習では一度もうまくいかず、ぶっつけ本番での成功だった。東京五輪開会式は、世界初の衛星生中継を実施しており、ブルーインパルスの偉業は世界へと発信されたというわけだ。

4年後の東京五輪開会式を盛り上げるためにも、リオ五輪での成功と失敗からしっかりと学びとっておきたいもの。ちなみに、8月5日開幕! という文字をよく目にするが、日本とブラジルの時差は12時間。開会式が行われるのは日本時間で6日早朝だったりするのでご注意を。開会式のテレビ中継はNHK総合で午前8時40分から。Eテレでは午前7時30分から放送開始予定だ。
(オグマナオト)
(R25編集部)

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびR25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

最終更新:8/5(金) 7:00

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