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最年長2000本安打はいかにして生まれたのか 「職人技」磨き続けた男の原点

THE ANSWER 8/5(金) 11:36配信

打撃の奥深さにのめりこんだ現役時代、和田一浩が振り返る遅咲きの裏側

 上達に年齢は関係ない。

 42歳11か月、史上最年長での2000本安打達成者となった和田一浩が現役時代に、それを証明している。彼のバッティングは、「職人技」と呼ぶにふさわしかった。バットコントロールに長け、弱点が少ない。そして彼は「職人気質」でもあった。

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「年齢を重ねてからのほうが野球にすべてを注ぎ込むという感覚が出てきましたよね。すべてを投げうってやらなきゃいけないという気持ちでした」

 若い時の苦労は買ってでもせよ、という言葉がある。だが和田の場合はちょっと違う。一定の地位を築いてきた打者であればこそ自分のフォームを変えるには勇気がいるものだが、彼はその苦労を買ってでている。

 中日ドラゴンズ時代、落合博満監督のもとで打撃フォームの改造に何度か取り組んできた。迷いからそうしたわけではない。自分のバッティングレベルを向上させようという純粋な思いゆえ、である。ベテランの域に入っていけばいくほど、彼はバッティングの奥深さにのめりこんでいった。

満足せず、もっといい成績を――

「会得をしたかと言われたら、そうじゃありません。個人タイトルをそこまで取ったわけじゃないし、三冠王も取っていません。僕より(バッティングレベルが)上の選手もいっぱいいましたから。今、振り返ると(2010年に)リーグMVPを取ったときに確かに喜びはありました。でもプロ野球の現役生活をトータルで考えた場合、満足できてはいません。

 もっといい成績を残せたんじゃないかとも思うし、逆に言えば現役時代にそういう気持ちでずっとやっていたので努力していくしかなかった。年齢の括りなどなく、もっとできた、もっとできるという思いが僕のなかには常にありましたね」

 満足せず、もっといい成績を。

 1年1年それが重なっていけばいくほど、その思いが強くなる。史上最年長の2000本安打と職人技のバッティングはそうやって生まれた。

「若いころは練習のやり方がわからなかった。でも年齢を重ねていくうちに、ああやったほうがいいんじゃないか、こうやったほうがいいんじゃないかって知恵もついてくる。そうすると段々、練習をやる意味というか、練習をやることによって技術が上がっていく実感を得られるようになったんです。年齢を重ねるごとに練習って大事だなと思えるようになっていきましたね」

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最終更新:8/5(金) 12:11

THE ANSWER

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