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ごく普通の高校生の経験が、ひとつの映画になるまでーー『奇跡の教室』監督インタビュー

リアルサウンド 8/5(金) 12:55配信

 パリ郊外の貧困層地区にあるレオン・ブルム高校で実際に起こった実話を基にしたフランス映画『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』が、8月6日に公開される。様々な人種の生徒たちが集まるクラスに赴任した歴史教師アンヌ・ゲゲンが、生徒たちを「アウシュヴィッツ」がテーマの全国歴史コンクールに参加させ、彼らの人生を変えていく模様を描き出す。落ちこぼれの生徒のひとりマリック役のアハメッド・ドゥラメの実体験が基になっている本作は、どのような過程で作られたのかーー。メガホンを取ったマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督に話を訊いた。

■アハメッドの夢を実現させたかった

ーー今回の作品は、キャストとして出演もしているアハメッド・ドゥラメが経験した実話が基になっているとのことですが、どのような経緯であなたが手がけることになったのでしょうか?

マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール(以下、シャール):当時まだ高校生だったアハメッドが私のメールアドレスをどこからか見つけてきて、コンタクトを取ってきたんです。大の映画好きだった彼は、将来コメディアンになりたくて、脚本を書いていました。メールは、自分が書いた脚本は実際どうなのか、プロの意見が聞きたいという内容でした。私は、まったく知らない人に手紙を出すなんて随分勇気のある子だなと思って、彼に会ってみることにしたのです。彼が送ってきたシナリオには、パリ郊外の学校での暴力などが書かれていたのですが、その中にはラップミュージックのコンテストのことも書かれていて、私はそれが気になったのです。ですが、ネットで調べてみたところ、実際はそのようなコンクールは存在しませんでした。18歳の子がどうして存在もしないコンクールのことをシナリオに書いたんだろう? 私はそう思って、彼にどこからきたアイデアなのかを聞いてみたところ、自分の担任だったアンヌ・アングレス先生と参加した、レジスタンスや強制収容所についての全国コンクールが基になっているということでした。そのアングレス先生と過ごした1年が忘れられない経験だったと。そして、アハメッドは「僕は映画の世界に入りたい。とにかく映画のことをやりたい!」と情熱を持って熱く語ってくれました。その話を聞いているうちに、私も彼のその気持ちに応えたいと思い、このストーリーを一緒に映画にしましょうということになったのです。

ーー彼が書いたシナリオは実際のシナリオにどの程度反映されているのでしょうか?

シャール:シナリオはゼロから作り直しました。兄弟の構成や家庭環境など、彼にたくさんの質問をしてメモをとりながら、時間軸に沿った形で少しずつ組み立てていったのです。アリアンヌ・アスカリッド演じるアンヌ・ゲゲンのモデルになったアングレス先生にも実際に会いました。彼女の授業にも参加させてもらい、話し方や授業のやり方などもすべて確認しました。そして、私が作った骨組みをアハメッドに見せて、1シーンごとに「あなたならこの状況で何て言う?」というような形で、肉付けを一緒にやっていきました。

ーーアングレス先生もこの作品に協力してくれたのですね。

シャール:実は、2回目にアハメッドに会った時、今でもアングレス先生と連絡を取り合っているかを聞いたのですが、もうどこにいるのかもわからないということでした。でも恐らくクレテイユにはいるだろうと言っていたので、電話帳で探してみました。そしたら、“アングレス”という姓の人は1人しかいなかったのです。私は思わずその人に電話をかけて、「アハメッド・ドゥラメという人を知って言いますか?」と聞くと、彼女は「覚えていますけど、彼が何か悪いことをしたんですか?」と答えたんです。最初は訝しげな感じでしたが、アハメッドがコンクールで得た経験を映画にすると説明したら、すごく喜んでくれて、彼にも会いたいということで、そこから協力してもらうことになったのです。彼女には甚大な協力をしてもらい、感謝の気持ちでいっぱいですが、今では親友のような関係になっています。実は今回の映画にも出演してもらっていて、私の次の監督作品でも先生役で出演してもらいました。

ーーアハメッドが主要キャストの1人を演じるというのは、大前提としてあったのですか?

シャール:そうですね。彼の夢を実現させることに、私も加わりたかったのです。ただ、それにはひとつ条件がありました。フランスの国家資格であるバカロレアに合格することです。バカロレア試験とは、フランスの後期中等教育の終了を証明する国家試験で、これに合格すると大学入学資格が与えられるのです。試験は6月に行われるものなのですが、私たちが出会ったのは4月で、アハメッドはほかの映画にも出演することが決まっていました。なので、アハメッドは特別に許可を得て、10月の再試験でバカロレアを受け、無事合格することができたのです。

■「現在のフランスの教育はかなり複雑なものになっている」

ーーアハメッドもそうですが、生徒たちの演技にはリアリティがありました。彼らにはどのような演出をされたのですか?

シャール:撮影前にとにかく生徒たちとたくさん話をしました。演技経験のない子どもたちにいきなり演技をさせると、緊張してパニックになってしまうこともあると思ったので、まずは彼らがどういう人間なのか、話し合いを重ねながらそれぞれの性格を知っていきました。そして、彼らの元の性格に合わせた役をそれぞれ演じてもらったのです。なので、演じるというよりかは、そのままの自分たちでいてもらうことを意識しました。それに、知らない者同士が学校で出会ったら何が起こるかを大切にしたかったので、撮影前に生徒たちが出会うのはなるべく避けるようにしましたね。

ーーイスラム教徒の生徒と学校の先生が、頭に巻いたスカーフを巡って対立する映画の冒頭シーンにも現れているように、今回の作品には現在のフランスの教育の現場で起こっていることに対する社会的なメッセージも含まれていると感じました。

シャール:今回舞台になっているレオン・ブルム高校は公立高校なので、無宗教ということが大前提にあります。イスラム教はほかの宗教と比べて、目に見える部分での象徴性が高いので、どうしてもそういった問題が起こりがちなのです。ただ、このような生徒と学校側の衝突というのは、もっとたくさんある学校もあれば、ほとんどない学校もあります。映画で描かれているのが平均的だと言えるかもしれません。日本の教育がどのようなものか私にはわかりませんが、現在のフランスの教育はかなり複雑なものになっています。教えることが容易ではない時代になっているのです。昔は、先生が言ったことに対して生徒が言い返すというようなことはありませんでしたが、今では言い返すばかりか、授業を進めることを妨害するような生徒もいて、“教える”こと自体が難しくなってしまっています。一方、私は教育にも落ち度があると思っています。子どもたちに細かいところまで学習させすぎていて、根幹にある一番大切なことが伝わりにくくなっている。そのあたりも含めて、現在のフランスの教育現場が解決すべき問題はまだまだたくさんあるのです。

宮川翔

最終更新:8/5(金) 12:55

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