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奥州連合離脱(後編)――新徴組と庄内藩の戊辰戦争

本の話WEB 8/7(日) 12:00配信

 前編で「仙台藩と会津藩が降伏して、ついに東北戦争は終結する」と書いたけど、これ、厳密には違う。会津降伏からまだ2日間、粘った藩があるのだ。それが庄内藩。庄内藩は、実はかなり会津と状況が似ている。ともに譜代中の譜代で、徹底した左幕派なのに加え、

会津→京都守護職を仰せつかり、警護に浪士からなる新選組を抱える。

池田屋事件で長州に恨まれる。戊辰では新選組残党が会津で戦う。

庄内→江戸市中取締を仰せつかり、警護に浪士からなる新徴組を抱える。

藩邸焼討で薩摩に恨まれる。戊辰では新徴組の多数が庄内で戦う。

 ね、似てるでしょ? しかも新選組と新徴組の母体は同じなのだ。清河八郎が「将軍警護のため」と偽って集めた浪士隊から、京に残ったのが新選組、江戸に帰ったのが新徴組。清河八郎が暗殺され、宙に浮いた浪士隊が幕府によって再編され「新徴組」の名を貰って庄内藩お預かりとなった次第。その新徴組は強かった。「新徴組!」と書きたいくらい強かった。

 はい、ここ、新選組ファンも注目だよ。新徴組の主要メンバーには、沖田総司の義兄・沖田林太郎がいたんですよ奥さん! 佐藤賢一『新徴組』(新潮文庫)は、おもに林太郎の視点で綴られている。浪士組としてともに上洛した沖田総司に、林太郎が「一緒に江戸に帰ろうよ」と説得する場面から、物語が始まるのである。

 本書で沖田林太郎は、朴訥な人柄ながら剣の腕はかなり立つ人物として描かれている。沖田総司の必殺技「三段突き」を林太郎が使う場面にはゾクゾクするぞ。しかも林太郎の息子・芳次郎が総司そっくりという設定なので、新選組ファンにもぜひお読みいただきたい。土方との再会や、病気の総司を残して庄内に発つくだりなど、ファンにはたまらんよ。

戊辰戦争で一度も負けなかった庄内藩

 当時、薩摩はあの手この手で幕府を挑発していた。市中警護を担当していた庄内藩と新徴組はついに薩摩藩江戸藩邸を焼き討ちし、薩摩側は多くの死者・捕縛者を出す。一部の薩摩藩士は船で大坂に逃走、これをきっかけに幕府は倒薩に踏み切り、戊辰戦争が始まった。

 江戸開城後、新徴組は藩士たちとともに庄内藩に行き、西軍を迎え撃つことになる。そこで林太郎が信頼を寄せる人物として描かれているのが、鬼玄蕃と呼ばれた酒井吉之丞だ。吉之丞は新徴組にフランス式調練を教えたほか、組の旗に「SHINTIOU CO」と染め抜いた。新選組の「誠」に対し、こっちはローマ字である。なんてハイカラな! この吉之丞に率いられた新徴組と庄内藩の軍が、びっくりするくらい無敵だった。

 酒田の豪商にして日本一の大金持ちと言われた本間家が後ろ盾となり、最新兵器をバンバン買ってくれた上に、海と山と田んぼのおかげで兵糧も豊か。そんな庄内藩と新徴組は戊辰戦争の各戦線で連戦連勝だ。奥羽越列藩同盟を離脱した新庄藩、天童藩にサクっと勝って、秋田戦線でも連勝。降伏するその日まで、庄内藩に西軍を一歩も入れさせなかった。庄内藩出身の清河八郎が作った新徴組は、回り回って庄内藩を守ったのである。

 じゃあなんで負けたの? 実は庄内藩、負けたわけではない。他の東北諸藩は軒並み降伏、同じく朝敵と目されていた会津が陥落したとあって、うちだけで戦ってもしょうがないな、潮時かな、と。つまり実態は「今日はこれくらいにしといたるわ」という勝ち逃げなのである。

 形式は「降伏」だが、戦後処理は緩やかだった。会津が完膚なきまでに叩き潰されたのに対し、庄内の領地は安堵。藩主は隠居させられたが、弟がそのまま家督を継いで家名存続。これはもう、ほとんど罰せられなかったに等しい。戊辰戦争のドラマに庄内がフィーチャーされないのは、やっぱり悲劇性に欠けるからかなあ。面白いと思うけどなあ、「新徴組!」。

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最終更新:8/7(日) 12:00

本の話WEB

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