ここから本文です

【隔週連載】森博嗣 道なき未知〈第20回〉頭のダイエットをしよう

BEST TIMES 8/8(月) 12:00配信

第20回 
頭のダイエットをしよう



奥様はダイエッタ

 もうあちらこちらで書いていることで、大変助かっているのが、僕の奥様(あえて敬称)である。エッセィのネタに困ったら、彼女のことを思い浮かべるだけでいくらでも書ける。これが本当の内助の功、というのはジョークで、そもそも「内助」なんて表現が、差別用語だろう(だからといって、使うなと色めき立つのもいかがかと思うけれど)。
 さて、奥様は数々のダイエット方法をお試しになっている。最近はジムに通っていて、何カ月かで何キログラムだかを落とすプログラムを組んでもらっているとか。また、一番最近の用具としては、トランポリンがリビングにある。僕も一回だけ遊ばせてもらったが、感想は「ふーん」だった。
 前回、学ぶことが頭の食事であり、発想のために考えることが頭の運動だと書いた。現代人は、情報を食べすぎて頭が肥満気味のはずだ。肥満になると、頭が動きにくくなってしまい、深く考えなくなり、どうでも良くなり、カッとしやすくなったりするように観察される。
 一番顕著なのは、結論を急ぐことである。「とにかく、どちらかに決めてくれ」なんて言うのは、その症状の一つといえる。もちろん、決断が急がれる場合もある。しかし、急ぐ必要はなく、複雑で重大な事例に対しても、考えずに、「賛成」「反対」とすぐに声を上げようとする。もし自覚があったら、気をつけてもらいたい。特に、自分だけのことならばそれでも良いが、その決断を人に押しつけようとする人がわりと多いのだ。プラカードを掲げて、大声で叫んだりする。もう少し考えてからにしてもらいたいし、考えに考えた結論であっても、そんなワンフレーズを大声で叫ぶようなことは下品きわまりない。冷静に、丁寧な言葉で、自分の考えを述べれば良い。この「考えを言葉で述べる」という行為こそ、最も基本的で、しかも手軽な頭の運動である。

 

言葉で述べることの大切さ

 考えたことを言葉で述べる。これは、述べるために考える、という行為を促す。最近は、ツイッタなど、短くしがちだけれど、本来は、言葉を尽くして、丁寧に論じることが大事だ。したがって、ツイッタよりはブログの方が少しましである。
 感情的な表現を排除して、理屈で述べることも重要であり、また、自分の立場や自分の利益を基盤とした理屈でないことが、説得力を増す。そういったことを考えることが、いわゆる「思想」というもので、僕は行動よりもこちらの方がずっとレベルが高く、品があり、人間的だとイメージしている。すなわち、すぐに行動してしまう人よりも、熟考して判断に迷う人の方が上品で崇高に感じられる。
 人はつい行動したがるものだ。ちょっと考えたら、誰かに話したくなり、同じ意見の人を見つけて意気投合し、声を上げてアピールする。しかし、その状態に至ると、もう考えていない。ただ、仲間意識で満足しているだけなのではないか、と思える人が多い。
 特に、そのように大勢で主張し始めると、反対意見を受け付けなくなる。意見が違っている人を嫌うようになり、攻撃するようになる。僕が、下品だと感じるのは、この方向性が出てきそうな感情的な振舞い、そして物言いだ。
 丁寧な言葉で自分の考えを述べ、また反対意見にも耳を傾ける。もし自分の考えが間違っていると気づいたら、素直に謝って、意見を変える。議論とは、こうして自分を修正するためのものだ。自分だけでは行き着けないところまで考えを巡らすための有力な手法の一つである。この議論をするためには、自分の意見を言葉で述べることが第一歩だ。
 ところで、「考えを言葉で述べる」とはいっても、「言葉で考えろ」という意味ではない。たとえば、僕自身、考えることの九割は言葉ではない。映像で考えている。だから、それを言葉にする翻訳作業みたいなものも、頭脳活動の一環といえる。言葉で考えている人は、それをしなくても良いのだろうな、と想像している。

 

リノベーション中

 七月と八月は、ゲストが多い。寒い国の夏は、ちょうど良いからだ。庭園内はほとんど森林だが、建物が三軒あって、一つは築六年の中古住宅で、ゲストハウスとして使用している。これを奥様と長女がリノベーション中。僕は口出しはしないものの、実際の作業の多くを引き受けていて、先日は壁のペンキ塗りをしたばかり。本当に楽しかった。子供のときに、将来なりたい職業はペンキ屋さんだった。きっと、ペンキ屋さんにならなかったことが、楽しかった最大の理由だろう。

 

 

 

 

文/森博嗣

最終更新:8/8(月) 12:00

BEST TIMES

記事提供社からのご案内(外部サイト)

BEST TIMES

KKベストセラーズ

笑える泣ける納得する!KKベストセラーズ
の編集者がつくる「BEST TIMES」
(ベストタイムズ)。ちょっとでも皆さんの感
情を揺さぶれたらいいな、と思います。

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。