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“角栄ブーム”で明らかになる40年目の真実とは

Wedge 8/8(月) 11:20配信

 日本の首相経験者が初めて逮捕された、ロッキード事件から40年が経つ。受託収賄罪と外国為替管理法違反の容疑で、田中角栄が逮捕されたのは1976年7月27日である。

 ロッキード社から田中に渡った5億円は、全日空が民間機トライスター機を採用する見返りだった、とする田中の裁判は死によって最高裁の上告の結論はでなかった。しかし、共犯とされる秘書の裁判は最高裁で有罪が確定しており、事件は終結したというのが常識であった。

 そしていま、「角栄ブーム」である。石原慎太郎の小説「天才」がベストセラーになり、角栄の語録なども出版されている。

 未解決事件シリーズは、第1部(7月23日)と第2部(同日)で再現ドラマによって、事件を振り返り、第3部「日米の闇 40年目のスクープ」(7月24日)のドキュメンタリーによって、いよいよ事件の真相に切り込んでいく。

 ロッキード社から日本の政財界に流れたカネは3つのルートによる。丸紅を通じて角栄に流れた「丸紅ルート」と、全日空を通じて政府高官に流れたとされる「全日空ルート」そして、戦中からの右翼の大物であり、ロッキード社の代理人だった児玉誉士夫を通じた21億円のルートである。児玉ルートは当時、まったくといってよいほど解明がなされなかった。

 今回の番組によるスクープは、これまで秘匿されていた資料や日米で約100人の証言からロッキード社が日本の政財界に流された資金の目的は、民間機のトライスターの売り込みにあったのではなく、対潜哨戒機のP3Cと早期警戒機のE2Cが焦点だったことを明らかにしたことである。

 対潜哨戒機も早期警戒機も国産計画が進められていた。ところが、ロッキード社の工作後に対潜哨機の国産化は白紙に転換され、P3Cの買い入れはこれまでに100機、総額1兆円にものぼっている。

児玉は“国務省”だった

 日本への軍用機の売り込みは、当時のニクソン大統領が主導した。ニクソンはカリフォルニアを政治的基盤にしており、ロッキード社はその重要な基盤だった。

 72年8月31日、ハワイにおいてニクソン―田中会談があった。これに合わせて大統領府は、日本に売り込みを図る物品のリストを作った。そのトップにP3CとE2Cがあった。この会談は当時、日米の貿易不均衡がテーマになったとみられ、それは日本による民間機と原子力発電所の輸入によって是正される方向性が決まったとされた。

 しかし、ニクソン大統領の国家安全保障担当補佐官のリチャード・アレンは、次のように証言する。

 「ニクソンもキッシンジャーも貿易不均衡を問題にしていなかった。P3CとE2Cを売り込むことが日本に売り込むリストの最上位だった」

 「田中は日本語でいえば、『したたか者』。タフ・ネゴシエーターだった。アメリカの狙いは、自分の懐を傷めないで、我々の防衛力を強化することにあった。それによって軍事力が高まり、それは同盟国にとってもよいことだった」

 今回の番組の白眉は、ロッキード事件を指揮した、主任検事である吉永祐介が密かに保存していた約600点の捜査資料である。

 当時の検察当局が軍用機に関する疑惑も視野に入れていたことがわかる。日本側が米国の司法省に委託した、ロッキード社のアチボルト・コーチャンの証言がある。

 「児玉の役割は、P3Cの売り込みのために、日本の政府関係者に働きかけることだった。児玉は次に通産大臣になる人物が誰なのかを教えてくれた。また、特定の大臣と親しくなっても、交代が激しいので無駄になることも。児玉は私の『国務省』だった」

 日本側からも、これまで明らかにならなかった証言が得られた。丸紅ルートのなかで当時、航空機課長だった人物の証言である。

 「田中角栄への5億円は、自分がロッキード社に出させることを提案した。その目的は、全日空にトライスターを買わせるダメ押しと、P3Cにいろいろと力を注ごうというものだった。P3Cの取扱高は巨額で、口銭(手数料)も膨大だからだ」

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最終更新:8/8(月) 11:20

Wedge

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