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MITメディアラボ 伊藤所長が明かす「お金」の未来予想図

Forbes JAPAN 8/8(月) 15:00配信

あらゆるものをインターネットが変えたように、デジタル通貨、その基盤技術ブロックチェーンも社会の構造をがらりと変える可能性を秘めている。進化する最先端の未来像とはー。



「ブロックチェーンには、インターネット並みのインパクト、そして多くの機会とイノベーションを解き放つポテンシャルがある」

そう話すのは、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ(*1)所長・伊藤穰一。日本のインターネット黎明期から活躍し、その未来の可能性についていち早く言及した人物だ。日本初の商業用インターネット接続サービスの立ち上げから、ツイッター社への出資と日本進出のサポートまでとその実績は枚挙に暇がない。

インターネットが社会の構造を変えると予測し、その発展と並走してきた彼が、現在MITメディアラボで取り組んでいるテーマがビットコイン(*2)に代表される「デジタル通貨」とその基盤技術である「ブロックチェーン(*3)」だ。

伊藤はメディアラボ内に、暗号技術や分散システムの専門家を集めた組織「デジタル通貨イニシアチブ」を2015年4月に新設。デジタル通貨やブロックチェーンの研究や、普及に向けた政府機関への提言などを行っている。

デジタル通貨とブロックチェーンは、どのようなインパクトを社会に与えるのかー。その最前線、そして来るべき未来について語る。


私がいま注目しているブロックチェーンとは、信頼できる仲介人なしに、見知らぬユーザー同士での取引を実現する可能性を持った、ピア・ツー・ピア技術を用いて管理する「分散型台帳テクノロジー」だ。

インターネットの革新性が、メールというアプリケーションの便利さによって理解されたように、ブロックチェーンの技術的価値は、ビットコインの登場によって、広く知られるようになった。

今後、ブロックチェーンは通貨に限らず、セキュリタイゼーション(証券化)、契約、資産譲渡などあらゆる取引や処理を担う、信頼できる低コストのネットワークとして普及し、抜本的に社会の構造を変えていくだろう。

例えば、ブロックチェーンを使ってインドの太陽光エネルギーを証券化する。そうすれば、この証券は、太陽光を販売している業者と見ず知らずの購入者との間で、エンド・ツー・エンドで直接取引が可能となる。もちろん、購入者はブロックチェーンを使って、さらにその証券を売買することもできる。この一連の取引には、仲介業者は一切不要だ。

このように、ブロックチェーンは、従来のビジネスの様々なレイヤーにもたらす中抜きの効果ー特定の中央管理システムを経由しないルートをつくる、価値を扱う複雑なシステムをシンプルにする、複数の業務を自動化し業務コストを削る、直接参加型の新しいサービスをつくるなどーによって、コストや手間の削減を実現し、あらゆる取引をスマートにしていくことが期待されている。すでにアメリカでは証券取引所や社債市場に一部ブロックチェーンが導入されるなど、ブロックチェーンによる社会の変革は確実に進行している。

かつてインターネットが、メディアや広告ビジネスの仕組みを激変させたように、これからはブロックチェーンが銀行、投資家、弁護士、商社、ロジスティクスといったあらゆるアクターにインパクトを与えることは、まず間違いないだろう。

*1 MITメディアラボ/「テクノロジーと人間の関係性」をテーマとした学際的な研究を行う機関として、1985年に設立された研究所。伊藤穰一は、2011年9月に同研究所の第4代所長に就任している。

*2 ビットコイン/現在、最も大きな取引規模を持つデジタル通貨。また、基盤技術・ブロックチェーンによる取引を株券や債券など、通貨以外に拡張する動きは「ビットコイン2.0」とも呼ばれている。

*3 ブロックチェーン/暗号技術とP2Pネットワーク技術を応用した、データの改ざんがほぼ不可能な分散型台帳システム。2009年にサトシ・ナカモトを名乗る人物によって、論文で公開された。
--{まず必要なインフラについての議論}--
このように、ブロックチェーンが社会の基本的な構造を変えるポテンシャルを秘めた革新的な技術であることは事実だ。ただ、過剰な期待から莫大な資金が集まっているブロックチェーンの現状を、私は危険だと思っている。

ブロックチェーンは現在、基本的な規格すら統一されておらず、技術的なインフラがまだ整っていない。ブロックチェーンの現状を、インターネットに例えるなら、まだプロバイダができていないのに、米eBayのアイデアを実現しようとしているようなものだ。

それにもかかわらず、ブロックチェーンに対して、現在までに1,000億円以上のベンチャー投資が行われている。これは、1996年頃までにインターネットへ行われた投資と、ほぼ同じペース。まだ現地点で実現不可能なアイデアが多いにもかかわらず、だ。

最近話題となったのは、イーサリアム(*4)というデジタル通貨ネットワーク上の「TheDAO」というプログラムへの投資である。DAOは「Decentralized Autonomous Organization」という意味で、プログラムが勝手に組織として動いて投資を募ったり、それがまたプログラムによって投資をしたりするというように、会社組織の動きをアルゴリズムにしてしまうものだ。

確かに、The DAOのプロジェクト自体は魅力的であるが、ブロックチェーンはまだインフラや、それを扱う法律も整っていない未発達の状態。しかしながら、投資家たちはこのプロジェクトに対して、既に1.3億ドル以上投資してしまっているーこれがブロックチェーンの憂うべき現状である。

投資家たちは、ブロックチェーンに関わるビジネスにおいて、次々と登場するベンチャー企業のチャレンジの中から革新的なサービスを生み出していくというインターネット的なビジネスモデルを想定している。しかし彼らは、インターネットとブロックチェーンの相違点に目を向けなければならない。「取りあえずやってみて、駄目だったらまたやり直してみる」というインターネット特有のアジャイルなスタイルは、ブロックチェーンビジネスには不適切で
ある。

その理由の一つとして、ネットワーク上を流通する物が、インターネットとブロックチェーンでは大きく異なることが挙げられる。ブロックチェーンによって取引されるものは、通貨、証券、不動産の所有権など、インターネット上のコンテンツや広告に比べて、金銭的価値や要求されるセキュリティーのレベルが格段に高いものばかり。そのため、マウントゴックス(*5)のように、100億円以上集めたにもかかわらず破綻してしまったというケースが頻発してしまえば、ブロックチェーンへの不信感が高まり、普及自体が進まなくなってしまうことが危惧される。

また暗号、分散型計算処理、コンセンサスシステムといったブロックチェーンやビットコインの根幹にある技術がどれも難解であることも、アジャイルな開発スタイルが通用しない理由だ。核となる技術を理解せずに、アプリケーションのレイヤーでいくら試行錯誤を繰り返したとしても、社会を変えるほどのイノベーションは起こせない。それどころか、結果として、セキュリティー面に問題のあるサービスが生まれる危険性すらある。

MITメディアラボは、ブロックチェーンやデジタル通貨の健全な発展に協力すべく、専門家を集めて「デジタル通貨イニシアチブ」という研究機関を設置している。私はこの組織での活動を含め、ビットコインやブロックチェーンのような信頼と価値のネットワークをはじめとした、オープンで相互運用可能なネットワークの未来を守るために、尽力したいと思っている。

とにかく、今、ブロックチェーンにとって重要なのは、未来をイメージして、次々ベンチャーを立ち上げることではない。どのコンセンサス・アルゴリズムを採用するのか、認証は必要か否か、セキュリティーはどうするかーまずは、インフラの仕様についての根本的な議論を重ねることが必要だ。そこから導き出した結論をもとに、テストを繰り返し、安定的なインフラを完成させるまでには、まだ何年もかかる可能性が高いだろう。

*4 イーサリアム(Ethereum)/ビットコインに次ぐ取引規模を持つデジタル通貨。また、ブロックチェーンを使ったP2P型サービスを構築できるプラットフォームを目指す開発プロジェクトの総称でもある。

*5 マウントゴックス(MTGOX)/2014年2月に破綻した当時世界最大のビットコイン取引所。顧客が預けていた300億円を超える資産が引き出し不能となり、ビットコインの信頼性を揺るがす大事件へと発展した。
--{デジタル通貨に関する2つの道筋}--
そもそも、ブロックチェーンの未来を想像して、興奮している多くの人々は、アプリケーションの可能性にばかり着目している。しかし、下のレイヤーにあるアプリケーションを稼働させる技術的インフラやシステムのアーキテクチャについて検討することから、クリエイティブなアイデアが生まれることもある。

例えば、金融取引に関わるアプリケーションの根幹にある「会計システム(*6)」。実は、現在の会計システムは、700年前の複式簿記の手法に基づいており、13世紀フィレンツェ商人たちが使っていたのとまったく同じ方式のまま、抜本的な更新はなされていない。

この会計システムの問題は、あらゆるものを金銭価値に変換して、即座に簿記システムに入力しなくてはいけない点にある。取引や売買の契約は「誰が、いつ評価するか」によって、その価値は変化するもの。しかし、簿記への入力時に数字という金銭価値に変換すると、その数値によって契約の価値が、固定化される。つまり「契約が動かない、死んだ状態」になってしまうのだ。

ここで「明日雨が降ったら、1億円払う」という契約を例にとって考えてみよう。今の会計システムでは、雨が降る可能性が50%の場合、この契約を「5,000万円の価値」で評価して、簿記に入力することになる。しかし、この契約は、買い手がつかず、規制当局から価値がゼロと評価されることもあれば、雨が降ることで、100万ドルの評価額になることもある。つまり、今の会計システムでは、不確定な未来によって変わる契約の価値に対応できないのだ。

一方で、人工知能(AI)を使った高度な確率モデルによる新たな会計システムを考案したとしよう。そうすれば、契約を金銭価値に還元することなく、会計システムの中で「契約が生きているように扱うアプリケーション」を作ることも可能だろう。つまり、雨が降る未来にも、売れ残る未来にも、リアルタイムで対応して、契約の価値を評価できるわけだ。このアプリケーションの実現は、今よりも情報ロスが少ない会計情報に基づいた、会社や組織の運営に繋がるだろう。 

この新たな会計システムの考案は、ほんの一例だ。このように、ブロックチェーンは、アプリケーションを稼働させるアーキテクチャのレイヤーを検討することでも、面白いアイデアを生み出すことができる段階にある。

ブロックチェーンにとっての最初のキラーアプリケーションとして登場したビットコインは、現在、デジタル通貨の中で最も取引額が大きく広範なネットワークを持つまでに成長している。しかし、ビットコインは既に大規模に流通しているため、開発が慎重になった結果、使いにくさがなかなか解消されないという問題点もある。

そんな中、ビットコイン以外のデジタル通貨も台頭している。例えば、前述したイーサリアムは、ビットコインに次ぐ取引規模を持ち、プログラミングのしやすい言語が導入された、イノベーションの起きやすい仕様のデジタル通貨だ。

実際、イーサリアムのコミュニティ内では、The DAOのような実験的な取り組みも行われている。他には、リップル(*7)という、ビットコインとはまったく違う合意アルゴリズムを採用したデジタル通貨も登場するなど、デジタル通貨の世界にも多様性と競争が生まれはじめている。

では、デジタル通貨は今後どのような道を歩いていくのか、私は2つの道筋を想定している。

一つは、標準化に向かう道。様々なデジタル通貨で行われた実験の中から、面白いものが順次ビットコインに採用され、最終的にビットコインが標準的なデジタル通貨になるという可能性だ。この未来像は、AOLやニフティサーブのようなパソコン通信サービスが、初期のインターネットより利便性が高かったにもかかわらず、最終的にはインターネットだけがサービスとして生き残ったことを思い出せば、イメージしやすいだろう。

もう一つは、相互接続によって、複数のデジタル通貨が共存する道だ。VISA、Master、AMEXといった複数のクレジットカードが同一の決済システムで処理されているように、アプリケーションのレイヤーに多様なネットワークが同時に存在し、それぞれが用途別に使われるようになるだろう。

また「標準化か、相互接続による共存か」というデジタル通貨の行く先を考える以前に、その基盤技術であるブロックチェーンも「どのレイヤーが標準化し、どのレイヤーには多様性が残るのか」という点が、まだはっきりとしていない。インターネットの場合は、TCP/IPやHTMLのような標準化されているレイヤーとウェブアプリケーションのような多様性のあるレイヤーに、明確に分かれている。今のブロックチェーンはその段階にいたる過渡期にあるといえるだろう。

*6 会計システム/現在利用されている会計システムは、700年前の複式簿記の手法に基づいており、13世紀フィレンツェ商人たちが使っていたものとまったく同じ形式である。

*7 リップル(Ripple)Ripple社が開発、運営する分散型台帳を利用した決済システム。借用証書を取引対象とするため、円、ドル、ユーロといった通貨からビットコインまで、送金が可能である。
--{私が想像する遥か先にある「未来」とは}--
デジタル通貨やブロックチェーンのさらなる実用化に向けた動きは、現在も加速している。例えば中央銀行内では、デジタル通貨を中央銀行が発行し、国民から直接預金を受け入れることについて、議論が交わされている。この現状は、ビットコインの開発が、政府や中央銀行に規制されない自律分散型のシステムの構築を目指してはじまったことを考えると、興味深い。

また、シンガポールでは自国の国債をブロックチェーンによって発行するという提案がなされている。もし、国債をネット上で簡単に取引できるようにするというはじめてのチャレンジが成功すれば、他国も後を追う可能性も大いにあるだろう。中央銀行発行のデジタル通貨、ブロックチェーン上で流通する国債ーかつては想像のできなかったアクターが、現在ではその導入を検討しはじめている。

ここで、デジタル通貨とブロックチェーンという新しいテクノロジーが導くそう遠くない未来について、考えてみたいと思う。

まず到来するのは、ブロックチェーンを使って、個人が仲介人なしに直接投資をする社会だ。仮に取引の安全性が確保され、透明性の高い会計システムに基づいた、ブロックチェーンを使った金融商品がたくさん流通したとしよう。その際には、ユーザーが自分のお金をマネジメントすることをサポートする、新しいメディアの登場に期待したい。

例えば、Googleという検索メディアの登場により、それまでは医者の診断を一方的に信用していた患者が、検索で得た情報をもとにして、医者と相談しながら治療を進めることができるようになった。それと同様に、ユーザーのリスクポートフォリオに合った商品を探す検索エンジンや、AIなどを使って監査法人の代わりに個人に投資先の事業情報を伝えるメディアが誕生すれば、ユーザーも証券会社に一任することなく、自分の資産のマネジメントに参加することができるようになるだろう。

最後に、さらにその遥か先にある「お金の未来」を想像してみようと思う。例えば、労働者が不利になるものには投資したくない、環境に良いものだけにのみ投資をしたいといった、「単純にお金を増やす」という通常の経済原理以外に従って、投資をする人々がいるとしよう。

このような経済原理の外にある複雑な気持ちが、アルゴリズムによって汲み上げられ、市場に反映されたらどうなるだろうか。その時、それまでは単純な損得だけで動いていた市場は、自分たちの気持ちが含まれたセンシティブな市場へと姿を変えるはずだ。

これが私の考える「お金そのものが、賢くなった未来」だ。その未来では、金利や経済政策など、市場に関わる重要事項が限られた人間の判断によって、決まることはない。AIが「人々が何を重要視しているか」を分析し、市場に反映することによって、自動的に物事が決まるのだ。そのとき人間は、バグがないか、セキュリティーに問題はないかというように、システムをチェックする役割を担うこととなるだろう。

人間によるクローズなトップダウンから、アルゴリズムがチューニングするオープンなボトムアップへー人々の気持ちが、市場を動かしていく未来を、私は想像している。

インターネットの黎明期にはウーバーのようなアプリが出てくることは想像できなかった。楽観的な未来像ではあるが、デジタル通貨、ブロックチェーンの先に待っているかもしれない「お金の未来」に、私はワクワクしている。そして、そんな良き未来を創っていくことができると、私と仲間たちは信じている。

伊藤穰一◎MITメディアラボ所長。1966年 京都生まれ。タフツ大学でコンピュータサイエンス、シカゴ大学で物理学を学ぶ。日本でのインターネット普及に尽力。投資家としてツイッター、シックスアパートなどのベンチャーを支援。デジタルガレージ、ニューヨーク・タイムズ、ソニーの取締役、ナイト財団、マッカーサー財団、モジラ財団などの理事を務める。

速水健朗◎ライター。著書に『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』『1995年』など多数。

Forbes JAPAN 編集部

最終更新:8/8(月) 15:00

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