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イチロー、3000本安打を支えた打撃フォームの秘訣。オリックス時代の師が語る“振り子打法”と“ルーティン”

ベースボールチャンネル 8/9(火) 11:20配信

振り子打法はイチローの攻撃性を表すスタイルだった

 日米通算4257安打、MLB通算3000本安打――次々に海の向こうの歴史に名を刻む鮮やかな活躍に遠い記憶が重なってくる。

 イチローが颯爽と日本球界へ登場したのは1994年。130試合制で初のシーズン200本安打を達成した夜。人気報道番組『ニュースステーション』に神戸からの中継で生出演し、キャスターの久米宏相手に、その時点で早くもイチロー流の語りを存分に披露していた。おおよそ21歳のプロ野球選手と思えない返答の数々に実に愉快そうに対していた久米の顔が蘇ってくる。その『ニュースステーション』は『報道ステーション』となり、キャスターも久米から、12年務めた古館伊知郎、さらには富川悠太へバトンタッチ。しかし、その間もイチローは変わらず、ヒットを積み上げ続けてきた。イチローフィーバーから22年の時が流れた。

「『振り子打法』と命名される前に私は『自分勝手スイング』と呼んでいたんですよ」

 クールな笑みを浮かべながら、若かりし頃のイチローとの思い出を口にしたのは新井宏昌だ。

 オリックスの二軍監督時代に何度か話を聞く機会があった。

「練習でティーをする時にね、こちらがトスを上げるより前に動いて、足を上げて待っている。普通、バッターはピッチャーの動きに合わせて動き出すのに、バッターが先に動くっておかしいだろ?と言ってもお構いなし。王さんもピッチャーが動く前に足を上げて、投手の動きに合わせて打ちにいく一本足でしたけど、イチロー選手は振り子。ピッチャーが動く前から早く投げてくださいって待ってる。

 だけどその攻撃性が彼の打撃の大きな持ち味。打席でも決して立ち遅れない。時にはその攻撃性が災いして悪球に手を出してしまうこともあるけど、とにかく彼は打ちたい人だからね。子どもの頃にバッティングセンターで打っていた時の気持ちが今も続いているんですよ」

 オリックスのコーチとなった94年に、イチローがNPB史上初となるシーズン200本安打を達成した。これ以前のシーズン最多安打記録の持ち主が新井でもあった(1987年に記録の184安打)。現役時代から打撃理論に精通し、様々なこだわりを持っていた新井にとって「振り子打法」はどう映っていたのか。

 当時、評論家たちの中には否定派が少なくなかった。捕手側の足を動かしながら打つスタイルが理解できなかったようでもあったが……。

「普通は軸足に体重を乗せてスイングをするというのがバッティングの教科書的な考え。構えたところで軸に意識を置いて、ステップしても軸に体重を残しながら回転しましょう、と。ただ、僕は現役時代から軸足より、前足のほうが大事だと考えていたんです。軸足を意識しない人はプロの世界の選手にはいないけど、投手寄りの足のステップのあり方や、ステップのあとの動かし方のほうをしっかり考える選手は少ない。イチロー選手は軸足が前足に移るというか、うしろの足が前についていく打ち方。ついてくるから常に体の中心線の位置は変わらない。この中心を崩さないためにも、前足に体重をかけたところで踏ん張ることが大事。さらにはボールにバットを当てただけで終わらないよう、そこから鋭いスイングができるように、イチロー選手とは前足に体重かけたところからスイングするティーをよくやりました。これは5年間続けてやりましたね」

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最終更新:8/10(水) 8:36

ベースボールチャンネル

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