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イーロン・マスクのスペースX社、米軍事衛星打ち上げの「独占」を打ち砕く

HARBOR BUSINESS Online 8/9(火) 16:20配信

 ロケットの着陸成功や有人火星飛行の構想発表など、次々と魅力的な宇宙への夢を語り、そして夢で終わらせず実現させつつある起業家イーロン・マスク氏の宇宙企業「スペースX」。そのスペースXが華々しい話題を振りまく一方、それと比べるとやや目立たないながらも、歴史的で重要な出来事が起きた。

 これまで、ボーイングとロッキード・マーティンの、米国を代表する大手航空宇宙メーカー2社が独占していた米国の軍事衛星の打ち上げを、設立から10年あまりの新興のスペースXが奪い取ったのである。この勝利は不戦勝に近いものであったが、いよいよ今年の秋には直接対決が始まることになる。

 今回は、なぜこれまでは米国の軍事衛星打ち上げが大手2社に独占されていたのか、そしてスペースXはどのようにこの「モノポリー」に勝ったのか。その顛末を紹介したい。

◆二大軍需企業に独占されていた米軍事衛星打ち上げ

 一口に「軍事衛星」と言っても、さまざまな種類がある。まず思い浮かぶのは、映画などでおなじみの、宇宙空間から強力なカメラで地上を撮影する「偵察衛星(スパイ衛星)」かもしれない(もっとも、映画で描かれる偵察衛星の性能はやや誇張されている場合が多い)。偵察衛星には、ディジタル・カメラのような光学センサーを使うものの他に、レーダーを使って撮影するタイプの衛星もあり、こちらは画像は粗いものの、光学センサーでは撮影できない、夜間や対象の上空に雲がかかっているときでも撮影できるという特長をもつ。

 米国でこうした偵察衛星を保有し、運用を行なっているのは、米国家偵察局(NRO)という米国防総省の下にある機関である。NROは他にも、通信やレーダーで使われる電波を傍受して、その発信源や周波数などを探知する衛星なども保有している。

 一方、カーナビやスマートフォンの地図アプリ、現在世界で大流行している「ポケモンGO」などでおなじみの全地球測位システム「GPS」も、実は米国の軍事衛星で、こちらは米空軍が運用を担っている。GPSは衛星を利用し、世界中のどこにいても自分の位置を正確に知ることができるというシステムだが、元々は軍事作戦で使うために開発されたもので、それが一般にも開放され、現在では誰でも利用できるようになっている。米空軍は他にも、軍用の機密通信を行うための通信衛星や、弾道ミサイルなどの発射を探知するための早期警戒衛星なども運用している。また米海軍も通信衛星を保有している。

 こうしたさまざまな軍事衛星は、もちろん開発しただけでは役に立たず、それをロケットで宇宙に打ち上げなければならない。そして米国において、軍事衛星の打ち上げはある種の聖域となっていた。なぜなら、ボーイングとロッキード・マーティンという、米国を代表する航空宇宙メーカーの二大巨頭が独占していたからである。

◆軍事衛星打ち上げ目的で開発されたロケット

 ボーイングとロッキード・マーティンが軍事衛星の打ち上げを独占していた背景には、そもそも両社が、軍事衛星の打ち上げを目的としたロケットを開発したことがあった。

 米空軍は米国内の航空宇宙メーカーに、新しいロケットの開発依頼を出した。「発展型使い捨て打ち上げ機」と呼ばれたその開発計画の目的は、「米国の軍事衛星や政府系衛星を、安定して打ち上げるための新たなロケットを開発する」ということにあった。軍事衛星や政府系衛星という言葉には、米空軍の衛星はもちろん、NROの衛星も含まれるし、また米国航空宇宙局(NASA)や海洋大気庁(NOAA)なども一応は含まれるため、官需衛星と言い換えることもできよう。

◆ボーイングとロッキード・マーティン共同出資で会社設立

 そしていくつか寄せられた提案の中から、最終的にボーイングとロッキード・マーティンの2社が選ばれ、米空軍からの資金を得て、ボーイングは「デルタIV」というロケットを、ロッキード・マーティンは「アトラスV」というロケットを開発した。その後、2006年に両社はそれぞれ半々の出資で、ロケット打ち上げ専門の別会社ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)を設立し、現在はこのULAがロケットの運用や販売などを担当している。なお、どちらかというとデルタIVはコストが高いため、アトラスVが実質主力ロケットという扱いをされている。

 米空軍はULAをかなり優遇し、小型の実験機などの例外を除けば、ほぼすべての軍事衛星の打ち上げをULAのアトラスVとデルタIVに任せている。とくに、GPS衛星は打ち上げ機数が多いことから、打ち上げを数十回機分まとめて一括で発注する、「ブロック・バイ」(Block Buy)まで行っている。

 米空軍にとってみれば、そもそもアトラスVとデルタIVは軍事衛星を打ち上げることを目的に、民間企業に開発資金を提供して開発させたロケットであり、それを使わないという選択肢はない。一方のULAにとっても、それに応えないという選択肢はないし、複数の打ち上げを一括で受注することで、ロケットの生産コストの削減や、関連する設備や部品などの購入も効率良く行えるため、どちらにとっても利益があった。

 さらに、ULA以外に軍事衛星の打ち上げに使える大型ロケットをもっている米国企業はなく、もちろん国防に関する衛星なので外国の企業はもってのほかであるため、事実上、米国の軍事衛星の打ち上げはULAが独占し、他社が参入できない、ある種の聖域となっていたのである。

◆イーロン・マスク率いるスペースXからの提訴

  ところが、その独占に異議を唱え、独占を崩そうとした者がいた。イーロン・マスク氏率いるスペースXである。

 先ほど「ULA以外に軍事衛星の打ち上げに使える大型ロケットをもっている企業が無かった」と書いたが、これには二重の意味がある。一つは文字どおり、軍事衛星を打ち上げられるほど大きな能力のロケットをもっている米国企業が、ULAの他になかったということである。だが、スペースXは2010年に大型ロケットの「ファルコン9」を開発。打ち上げ能力の点では、アトラスVとデルタIVに引けをとらないロケットを手に入れた。

 しかし、いくらアトラスVとデルタIVに匹敵する大型ロケットがあっても、それだけでは軍事衛星の打ち上げには使えない。それがもう一つの意味で、実は軍事衛星の打ち上げには、米空軍からロケットの性能や信頼性などに対する厳しい審査を受け、認証を得ることが必要だった。

 スペースXは二つの方向から米空軍とULAを攻めた。まず2013年から、ファルコン9も米空軍からの認証を得るために必要な手続きを始め、そして2014年には「ULAによる軍事衛星打ち上げの独占は違法である」と、合衆国連邦請求裁判所に提訴したのである。

◆法廷の内外で大論争に発展

 この一件はスペースXとULA、そして議員や業界関係者なども巻き込み、法廷外でも大きな論争となった。ULAやその支持者らにとっては、そもそも米空軍の衛星を打ち上げるために開発されたロケットをその目的のとおりに使って何が悪い、という話であるし、また国防に関する衛星を打ち上げる以上、信頼性がなによりも重要であるものの、ファルコン9の信頼性はまだ未知数で、すでに何十機も飛行しているアトラスVやデルタIVとは比較にならないという主張がなされた。

 一方、スペースXとその支持者らは、ファルコン9の実績の少なさによる信頼性の低さは認めつつも、着実に打ち上げ回数を重ねていること、そして何より安価であることをアピールした。ファルコン9というと、ロケットを着陸させ、回収し、再使用することで低コスト化を狙っていることがよく報じられるが、実は現時点でも1機あたりの打ち上げコストは従来のロケットの半額か7割ほどと、再使用しなくても十分に安い。そして何より、ULAによる独占がそもそも不当なものであり、この提訴はスペースXのみに資するものではなく、他の企業にも競争の機会を与える意味があると主張した。

 最終的に、この提訴は2015年1月に和解となり、スペースXは訴えを取り下げることになった。しかしスペースXが負けたわけではなく、ファルコン9が米空軍から軍事衛星打ち上げの認可を得られることがほぼ確実になっていたからである。そして同年5月26日、米空軍は「ファルコン9ロケットによる軍事衛星の打ち上げを許可する」と発表した。

◆スペースX、GPS衛星の打ち上げを受注

 2015年9月、米空軍は新しいGPS衛星「GPS III」の、2号機の打ち上げの入札を開始した。その数か月前に軍事衛星打ち上げの認証を得たスペースXにとって、初の軍事衛星打ち上げ入札への参加でもあった。ところが、競合相手になるはずだったULAは、11月に「我が社のロケットは空軍が求める必要条件を満たしていない」として入札を辞退することになった。そして翌2016年の4月27日、米空軍はGPS-III 2号機の打ち上げをスペースXに発注すると発表。ULAによって10年もの間続いた米軍事衛星打ち上げの独占が、不戦勝ながらもスペースXによって崩れたのである。

 実は、ULAには大きな欠点があった。同社が運用するアトラスVとデルタIVのうち、アトラスVのほうが安価で、また打ち上げ数も多く信頼性も高い。したがって、安価なファルコン9と真っ向から勝負するなら、アトラスVを持ち出すしかない。

 このアトラスVロケットには、ロシアから輸入した「RD-180」というロケット・エンジンが使われている。米国というと宇宙開発で最先端というイメージがあるが、実はある部分においてはロシアが進んでいる部分があり、このRD-180はまさにその代表格のようなもので、米国が喉から手が出るほど欲した高性能エンジンだった。

◆ロシア製エンジンが”弱点”となったアトラスV

 ロシア製エンジンで米国の軍事衛星を打ち上げる、という状況はにわかには信じがたいが、それでも20年近くは何の問題もなく続いていた。ところが、2014年から始まったウクライナ問題をめぐる米露関係の悪化により、米国議会は同年、RD-180を使って米国の軍事衛星を打ち上げることを禁止する決定を下した。そしてGPS IIIの打ち上げ契約の入札の期限である2015年11月までにこの禁止令が解除されなかったため、ULAは入札を辞退せざるを得なかったのである。RD-180の使用禁止はロシアに対する経済制裁の一環として行われたことだったが、それにより米国の衛星を打ち上げる手段を一つ失うことになったのは皮肉な話である。

 その後、同年12月にこの禁止令はいったん解かれ、今後の入札にはULAも参加可能になった。そして今年8月3日、米空軍は3機目のGPS III衛星打ち上げ入札への募集を開始し、ついにULAとスペースXの本格的な直接対決が行われることになった。

 しかし、ロシア製エンジンの使用禁止令が再び出ないとは限らない。また、そもそもファルコン9に比べて、ULAのアトラスVやデルタIVは高価であり、競争に勝てるかどうかは不透明である。たしかにULAのロケットは、ロケットの信頼性や打ち上げの確実性、過去の実績といった点ではファルコン9より優れている。しかし、当の米空軍は、スペースXが初勝利となったGPS III 2号機の入札において、ファルコン9のコストの安さをとくに重視し、かつ高く評価したと語っており、このことからも今後の入札でもファルコン9が受注を取り続ける可能性は高い。

◆続くスペースXの快進撃、巻き返しを図るULA

 さらにスペースXは2016年5月18日、今度はNROからも衛星打ち上げを取り付けた。NROの衛星もまた、これまではULAのロケットが打ち上げを独占してきており、スペースXはこれも崩したことになる。

 また、米国の機関以外の、世界各国の人工衛星を使った事業者、たとえば人工衛星を使った通信を行う会社や、地球観測衛星の画像を販売する会社などからの受注も順調に続いており、多数のバック・オーダーを抱えている。こうした民間の衛星打ち上げに加えて、米国の官需衛星の打ち上げも獲得することで、打ち上げ回数を大きく稼ぐことができ、毎月、あるいは数週間ごとに次々と打ち上げられるようになれば、ロケットの信頼性向上や(再使用せずとも)コストダウンにもつながる。そして2016年7月現在、すでにそうなりつつある。

 一方、ULAでは現在、アトラスVやデルタIVの後継機となる、新しい「ヴァルカン」というロケットの開発を進めている。ヴァルカンでは、思わぬアキレス腱となったロシア製エンジンの使用を止め、似た性能の米国製エンジンを新たに開発して使用する計画で、また機体の設計や製造体制などを全面的に見直し、さらにファルコン9と同様に機体の再使用――ただしヴァルカンはエンジンのみの再使用――などによるコストダウンも検討されている。無事に完成すれば、ファルコン9と性能、価格など、あらゆる面で対抗できるロケットになるだろう。

 しかし、ヴァルカンの完成は早くとも2019年以降になる予定で、さらに今度はヴァルカンが軍事衛星の打ち上げに必要な認証を取得する必要があることから、ファルコン9と真っ向勝負ができるようになるのは2020年代に入ってからになるだろう。そのため今後しばらくは、ファルコン9が米国の軍事衛星の打ち上げを独占するという、これまでとは逆転した状態が続くかもしれない。

◆「独占状態」を突破したスペースX

 しかし、これまでと違うのは、この独占は慣例や制度によって形作られたものではなく、スペースXが実力で勝ち取ったものであるということ、そして今後は常に競争状態が続いていくという点である。これからもスペースXが独占を続けるかもしれないし、それともULAが巻き返すことになるかもしれない。あるいは、さらに別の参入者が現れる可能性もある。さらに、この競争に勝つということは、性能やコストの面で優れた、世界の商業打ち上げ市場の中でも競争力の高いロケットであるということの証明でもあり、日本を含む全世界のロケット・ビジネスにも大きな影響を与えることになるだろう。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。

Webサイト:http://kosmograd.info/about/

【参考】

・Air Force’s Space and Missile Systems Center Certifies SpaceX for National Security Space Missions > U.S. Air Force > Article Display

 http://www.af.mil/News/ArticleDisplay/tabid/223/Article/589724/air-forces-space-and-missile-systems-center-certifies-spacex-for-national-secur.aspx

・NRO discloses previously unannounced SpaceX launch contract – SpaceNews.com

 http://spacenews.com/nro-discloses-previously-unannounced-launch-contract-for-spacex/

・Air Force Releases GPS III-3 Launch Services RFP > Los Angeles Air Force Base > Article Display

 http://www.losangeles.af.mil/News/Article-Display/Article/901805/air-force-releases-gps-iii-3-launch-services-rfp

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:8/10(水) 13:55

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