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イチロー3000本安打がアメリカで絶賛される理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 8/9(火) 15:00配信

<今週ついにメジャー通算3000本安打の偉業を達成したイチロー選手。現役選手の頂点に立っただけでなく、42歳の年齢を感じさせずストイックに野球に取り組む姿勢は、アメリカ球界で揺るぎない評価を受けている>(写真は7日の試合で3000本安打を達成したイチロー選手)

 今週7日、フロリダ・マーリンズのイチロー選手は、デンバーのクアーズ・フィールドでのコロラド・ロッキーズ戦に先発出場し、第4打席に三塁打を打ってメジャーリーグでの3000本安打を達成しました。これは史上30人目、つまり100年を越えるアメリカのプロ野球の歴史の中で30人しかいない「最高のクラブ」の仲間入りを果たしたことを意味します。

 日本の一部からは、「アメリカではそんなに評価されていない」という論調も見られましたが、そんなことはありません。達成の瞬間の実況だけでなく、スポーツ専門局での扱い、そして一夜明けた一般の新聞での扱いは大変に大きなものでした。

 例えばニューヨーク・タイムズの場合は、スポーツ別刷りの1面の上に「3000」という数字とともに見出しが出ており、2面にはほとんど全面を使って「その瞬間」の大きな写真とともにデビッド・ワルトシュタイン記者による長文の賛辞が掲載されていました。

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 ニューヨークは、イチロー選手が2年間ヤンキースでプレーした「縁」がある街です。ですから、高い関心があるのかもしれませんが、それにしても同記者の記事はまぶしいほどの賞賛の言葉で埋め尽くされていました。

 なかでも、マーリンズのマッティングリー監督が多くのケガを抱えて3000本には遥かに及ばない2153本で終わっていることをふまえて、「(3000というのは)途方もない数だ。長い期間プレーしなくてはいけないし、大変な準備をして、自分のコンディションを維持しなくては達成できない。単なる記録以上の意味がある」という監督の言葉を紹介していました。ワルトシュタイン記者も、そしてニューヨークの野球ファンも、まったく同じ感想を抱いたと思います。

 では、どうしてここまでの高評価がされるのでしょうか?

 5つ指摘できると思います。



 まず1点目は、事実上「メジャーリーグの現役選手の頂点に立った」ことがあります。確かに達成した7日の時点では、イチロー選手の上にアレックス・ロドリゲス選手(愛称は「Aロッド」、ヤンキース、通算安打数3114本、歴代20位)という存在がいました。ですが、まったくの偶然ながら、同じ7日にAロッド選手は引退を発表、12日に本拠地で行われるレイズ戦に出場した後にチームの登録から外れ、球団のアドバイザーに就任することになりました。

 つまり12日以降は、歴代30位だとか、アメリカ出身者以外では4人目だという以前に、イチロー選手はメジャーの「現役最多安打の記録保持者」という存在になるのです。これは大変な重みがあります。

 2点目としては、世代の問題があります。イチロー選手が、アメリカにやってきてマリナーズで大活躍した時、その人気は全国的でした。新人でいきなり首位打者とMVPを獲得、また今でも衰えない守備力などは強い印象を与えたのですが、特に2000年代の後半においては全米の野球少年にとって、大変な憧れの的になっていたのです。2007年のオールスターで史上初の「ランニングホーマー」を打ってMVPを獲得したことも、語り草になっています。

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 イチロー選手は、日本では決して小柄な方ではありませんが、メジャーの中では比較的小柄であり、その引き締まった体型も含めて、野球少年にとっては親近感がありました。筆者はニュージャージー在住で、マリナーズの地元シアトルとは何の関係もありませんが、子どもたちのリトルリーグの中で「背番号51」が争奪戦になったのを覚えています。

 そのように2000年代にイチロー選手の活躍を見て育った世代が、社会人になって「自分のお金でチケットを買って」イチロー選手を応援したり、ストリーミング中継でマーリンズの試合を見たりしているのです。この「2000年代の野球少年の憧れだった」位置付けは今でも重要です。

 3点目としては、これは野球界の「イヤな」部分に属する話ですが、その2000年代というのは、メジャーリーグが「薬物使用問題」で大きく揺れた時代でもありました。そのスキャンダルの中にあって、異常に作られた筋肉を使って本塁打を量産する打者ではなく、イチロー選手のシャープな打撃はとりわけ野球ファンに大きくアピールしたのです。

 薬物の問題で言えば、イチロー選手がやがて抜くであろうラファエル・パルメイロ選手(3020本)や、大台に届かなかったバリー・ボンズ選手(2935本、現在はイチロー選手の属するマーリンズの打撃コーチ)といった人々は、薬物使用の問題から「野球殿堂入り」が見送られました。彼らが「影の部分」である一方、イチロー選手の真摯な姿勢は球界の「明るい希望」を象徴していると言えるでしょう。



 4点目は、その俊敏なプレースタイルを42歳の現在まで維持していることです。30代の後半で急速に力が落ちる選手が続出する中、イチロー選手は走力にしても、肩の力にしても、そして何よりも引き締まった体型の維持ということではまったく衰えを感じさせません。そのことは、まさにマッティングリー監督が言うように「単なる記録以上の意味がある」わけで、多くの野球ファンはそのことを良く知って賞賛しているのです。

 そして5点目に、この「メジャー3000本」に先立って、「日米通算4257本」を打って「ピート・ローズを超えた」際に、「日米通算の数字に意味があるのか?」という論争がありました。それも微妙に影響しています。そのときイチロー選手自身が、「ローズ選手に祝福してもらえないなら通算した数字には意味がない」と語ったのは、アメリカでは非常に有名になっていて、好感をもって受け止められています。

 そのために、今回の「3000本」に関する報道では、上記のニューヨーク・タイムズもそうですが、「本人は通算に意味はないと言っているが」と断ったうえで、「実は日米通算ではとっくにローズを超えた前人未到の領域にいる」と説明されています。自らは誇らなかったゆえに反対にメディアが勝手に通算成績も参考記録として拡散してくれている、というわけです。

 このように、今回の記録がアメリカで極めて高い評価を受けていることは、揺るぎない事実です。

冷泉彰彦

最終更新:8/10(水) 0:33

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