ここから本文です

地図マニアが「読図力」だけでおくる空想の旅

Book Bang 8/10(水) 8:00配信

 人は、自分のもっている能力を遠慮なく発揮しているとき、もっとも楽しさを感じるのではないかと思う。歌のうまい人がみんなとカラオケに行くとき、草野球のエースが三振の山を築くとき、自分の発想でつくってみた料理がとても美味だったとき、人は生きていることを最大限に楽しんでいるといえる。

 そうやって能力を発揮している人を傍から見るのもまた楽しい。これは、あふれる「地図愛」をもった人が、パワー最大で愛をかたちにした本だ。地図や鉄道の時刻表が好きな人のなかには、それを見ながらリアルな空想世界をつくりあげるタイプも少なくないと思うが、そういう人はもちろん、これまであまりそういうことは考えたことがなかった人も、試しにご覧ください。

 使う道具は地図(地形図)とその周辺資料だけ。完全に空想の紀行文である。「中央本線 425列車の旅」では、昭和十年、一面の桑畑である日野台地を抜け八王子を過ぎ、皇室専用の東浅川駅を横目に見ながら、横浜水道の水源地をめざす。おなじ昭和十年、西国街道(京都の東寺口から西宮へ向かう道)のうち箕面村から西宮市までを歩いてたどる旅「西南西へ進路をとれ」では、梅田駅に掲げられた観光ポスターを眺めたりもする。そうかと思うと「二〇三八年 択捉島紀行」のように一転して未来へ飛んだり、イギリスのローマ古道や北欧のフィヨルドにも足をのばす。「ニュージーランド コハンガピリピリ湖畔までピリピリ歩く」では、この言葉の響きの面白さに導かれて、たましいは現地に飛んでいく。

 想像力もさることながら、この遊びには卓越した「読図力」が必要である。著者は地図愛が沸騰した結果、地形図にひかれた等高線を見るだけで、色あざやかなパノラマ風景が立ち上がってくるらしい。こんな素敵な能力を惜しみなくわれわれ読者に分けてくれる本書を片手に、夏バテ撃退の昼寝タイムに入りたい。

[評者]――渡邊十絲子(詩人)

※「週刊新潮」2016年8月4日号掲載

SHINCHOSHA All Rights Reserved.

最終更新:8/10(水) 8:00

Book Bang

記事提供社からのご案内(外部サイト)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。