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その器、芸術の女神と遊び歌う

Wedge 8/11(木) 11:10配信

ルネサンスの響き

 じゃり道はなつかしい。鵠沼の広い空の下を、通りから小路の奥のお宅までいっしょに歩いた。初対面なのにほんわかした風につつまれる。

 「60年前に藤沢市内から越してきて、ずっと住んでます」

 和室のちゃぶ台を囲むと、昭和の匂いがした。硝子(がらす)戸を透かして陶房のある庭が見える。佐藤和彦さんといえば、天馬空(てんばくう)をゆく作域の広さで知られる。その奔放な想像力はどこからくるのだろう。

 「幼稚園から毎日勇んで帰りました。メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲が聴きたくて」

 3歳のコスモポリタンが生まれていた。ドイツ語の翻訳をしていた父上はクラシックSP盤のマニアだった。手を引かれて東京へ遊びに行く時なぞ、藤沢駅を発つや、和彦クンはベートーベンの「運命」をジャジャジャジャーンと口遊(くちずさ)み始めたそうな。電車の揺れを伴奏に、第2楽章、第3楽章へ。とうとう最終楽章まで旋律をさらってしまうと、いいあんばい。東京駅に着いたものだ。

 「ちょっと1曲」

 目を丸くしているそばから、赤ん坊を膝にのせるように、ふしぎな楽器に手を伸ばす。

 「スペインの古楽器、ビウエラです。友だちの画家が作ってくれました」

 12弦を張ったやわらかなひょうたん型の楽器から、淡水真珠のような音色がこぼれた。ルネサンスのふくよかな雲にさそわれるよう。古雅な調べにうっとりしていると、今度はクラシックギターを抱いて「禁じられた遊び」を聴かせてくれる。東京藝術大学ギター部の元部長でもある。ここは仙窟だろうか。焼きものを見る前に憂さを忘れてしまった。

好きなことが師

 おとといはエレキギターの、5日後はクラシックギターのコンサートという佐藤さんが、なぜ東京藝大の音楽学部でなく、当時倍率44倍の美術学部に現役合格したのか不思議になってくる。

 「1番好きなのは音楽、1番得意なのが絵でした」

 気がついた時には、紙とクレヨンを握り、小学1年生から絵の教室に通ったという。母上は高校の音楽教師というから、芸術的環境は申し分ない。さらに湘南高校でも藝大でも、ゆたかな人間関係に恵まれた。大学からの帰り道、二升酒を飲んで名古屋まで電車を乗り越したという武勇伝も、周りにほがらかな師友の輪があったからこそ。

 陶芸専攻に進んだ当初、ろくろで茶わん(ちゃわん)ばかり挽(ひ)いていた。師の藤本能道(ふじもとよしみち)(人間国宝)にわけを訊(き)かれた。

 「陶芸の技術を早く習得したいのです」

 「ばっかやろう。好きなことやってれば技術はいくらでもついてくるんだ」

 ガーンときた。佐藤さんを変えたひとことといっていい。人間と切り離された技術はアートではない。よろこびと一体となった技術がアートなのだ。「つきつめるものは技法ではない。自分のなかの感性をつきつめたい」。師の作風ではなく師の求めたものを求めて、個展のたびに作風を一新してきた。そんな陶芸家はまずいない。イバラの道と思いきや、

 「好きなことやってるから辛くないです。夢は必ず実現するから」

 「叶わない夢だってありますよ」

 「それは、夢を見足りないんだ」

 こんどはわたしが、ガーン。

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最終更新:8/11(木) 11:10

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