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オリンピック代表選手から国会議員へ、首相経験者も

政治山 8/12(金) 11:50配信

 リオデジャネイロ五輪が8月5日(日本時間6日)開幕しました。舛添要一前都知事が最後までこだわりを見せていた8月21日(同22日)の閉幕式には小池百合子知事が出席することになり、安倍首相と肩を並べて、五輪旗を次の開催地に引き継ぐ式典「フラッグハンドオーバー」に臨むことになります。

五輪出場の肩書は選挙にも効果的

 リオ五輪、その先の東京五輪と政治的にも大きなテーマとなっている4年に1度のスポーツの祭典は、「参加することに意義がある」とも言われるほど、代表選手となることは誉れ高く、1つの勲章になります。

 五輪出場の経歴は選挙を戦う上でも強力な肩書となり、活躍次第では知名度も高まることから、過去には戦前を含め12人の著名なオリンピック出場経験者が国会議員になっています。

麻生太郎氏はクレー射撃の元代表選手

 現役で活躍する国会議員では、元首相で現財務相の麻生太郎氏が1976年のモントリオール五輪でクレー射撃の代表選手だったことは有名です。

 プロレスラー出身のタレント議員というイメージが強い馳浩・前文科相は、1984年のロサンゼルス五輪にレスリング代表選手として参加しました。

7大会に出場した“五輪の申し子”橋本聖子氏、現職議員でも五輪出場

 特筆すべきは、7月末に女性として初の自民党参議院議員会長に就任した橋本聖子・参議院議員。東京五輪(1964年10月10日-同24日)の開会5日前に生まれたことから聖火にちなんで聖子と名付けられた、五輪の申し子とも言える選手でした。

 スピードスケートと自転車競技で冬季と夏季の五輪に連続出場を続け、合計7回(冬季4回・夏季3回)の出場経験があり、現在でも日本最多記録です(女子の世界最多記録は8回出場)。

 橋本氏は1984年のサラエボ冬季五輪を皮切りに、カルガリー冬季五輪(1988年)、ソウル夏季五輪(1988年)、アルベールビル冬季五輪(1992年)、バルセロナ夏季五輪(1992年)、リレハンメル冬季五輪(1994年)、アトランタ夏季五輪(1996年)と連続出場を続け、アルベールビルではスピードスケート女子1500mで銅メダルを獲得しました。

 最後の大会となったアトランタでは、現職国会議員として自転車競技2種目に出場し、12位と9位という成績を残しています。国会議員を続けながら五輪に出場したことは、“2足の草鞋”として政界とスポーツ界の双方から批判もあり、現役選手としての引退を決意することになりました。

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最終更新:8/12(金) 11:50

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