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「スキーも仕事も同じ」― 皆川賢太郎が排除する不純物とは

THE ANSWER 8/12(金) 14:33配信

アルペンスキーの第一人者、皆川の流儀

 不純物を取り除く。

 アルペンスキーの第一人者として長年活躍した皆川賢太郎。2002年のソルトレイクシティ五輪後、大ケガに見舞われながらも見事に復活して2006年のトリノ五輪では4位の好成績を収めている。日本人選手のアルペン競技入賞は実に50年ぶりの快挙であった。

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 復活を遂げた理由を尋ねると、彼はこう語ったものだった。

「一つは『プライドを捨てる』ということかもしれませんね。プライドって、都合の良いものでもあると思うんです。自分では凄く大切にしているものであっても、実は要らないもの、自分を邪魔しているものだったりする。

 プライドがあると、カッコつけ出すことになりかねない。取り組み方、目的意識、ロジック。1日の24時間をどう使って、どう表現していくか。僕はミッションを成功させるための本質的にやるべきことだけを考えていたので(プライドは)必要なかった。そうすることで取り組む本質の純度も増していったのかな、と思います」

 プライドは不純物という感覚が彼にはある。タイムを上げるため、競技を極めていくには「第一人者」という肩書すら必要がないことなのかもしれない。

「世界チャンピオンを目指さないと価値はないと思っていた」

 少年時代だろうがキャリアを積んだ時代だろうが、「思い」に差はなかった。

「自分のなかでは世界チャンピオンを目指さないと価値はないと思っていて、純粋にそれを思うことが大切。いかに天井を上げておけるか。(ケガをして)ひざも倒れなくなってきて、理想とは全然違う。それでも求め続けていく。

 アスリートは大体、自分のピークが分かります。メダルには届かなかったけど、僕自身、トリノ五輪から五輪後にかけてもの凄く良かった。そこが僕のピークでした。トリノの後、(W杯で)絶対に世界チャンピオンになれると思ってやっていましたね」

 W杯では入賞を重ねて、第1シードにも復帰する。純粋に目指したからこそ、ケガに負けることもなく第一線で活躍を続けた。

 一流は一流を知る。

 日本サッカー界の“レジェンド”三浦知良が年齢に関係なく、W杯を目指している姿勢に共感を覚える。

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最終更新:8/12(金) 14:33

THE ANSWER

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