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銅メダルの水谷隼、団体戦へ「中国を倒すために努力している」

webスポルティーバ 8/13(土) 18:40配信

 3位決定戦が始まる30分前、水谷隼が携帯電話に目をやると、勇気づけられるラインのメッセージが届いていた。妻からだった。

【写真】解説の松下浩二氏も水谷のメダルは太鼓判を押していた

「中国人選手をのぞけば絶対あんたが一番だから、自信持って戦え」

 本当は赤いユニフォームで銅メダルに挑戦するつもりだった。しかし、対戦相手であるウラジミール・サムソノフ(ベラルーシ)が「赤を着たい」と主張し、水谷が折れて水色を選択した。

「奥さんは水色が好きだったみたいで。ちょうどよかった。ついでに靴下も水色があったので、履き替えたらこういう結果になりました。奥さんに報告しなきゃ(笑)」

 水谷はサムソノフをゲームカウント4-1で下し、男女を通じて卓球シングルスにおける初めての日本人メダリストとなった。勝利の瞬間、ラケットを手から離し、床に大の字になって天井を見上げた。日本の第一人者としての重圧から解放されたことを表現したら、自然とそんな行動になっていた。

「ここまで来る道のりが、走馬燈のようにめぐってきて。(第3シードで臨みながら4回戦で敗退した)ロンドン五輪が終わったあと、表向きには『国際大会からしばらく離れる』と言っていましたが、実際には卓球からも離れていたんです。家族の存在が大きかった。どんな時でも前向きな言葉で応援してくれた。勝って、喜んでくれる顔が見たかった」

 3位決定戦のおよそ10時間前、水谷は準決勝で世界ランキング1位の馬龍に挑んだ。日本の倉嶋洋介監督が「絶対王者」と語る馬龍に対し、水谷は過去12戦全敗。この日も水谷は3ゲームを先取された。いきなり下回転のサーブで苦しめられ、少しでも甘い返球となったら、一発でポイントを奪われる。

「試合前は、中国人選手に序盤からリードされると、勝機が見えないと思っていました。なんとか1-1とか、2-1で乗り切りたかったんですけど......。ただ、0-3となって吹っ切れました」

 第3ゲームまでは、馬龍のロングボールに対し、水谷は山なりのボールで返し、それを狙い打たれていた。そこでストレート系のボールに戦術を変更すると、馬龍のカウンターが威力を失った。水谷は第4ゲームを11-7で取り返す。

「勝てると思いました」

 これまでに中国人選手に対してそう思った経験は何度もあるが、馬龍に対しては初めて抱いた感情だった。これまでの対戦に比べ、馬龍は緊張しているのか、動きが硬かった。デュースまでもつれ込んだ第5ゲームも水谷が12-10で制す。次第に水谷が咆哮する機会が増えていった。大番狂わせの期待が高まった。続く第6ゲーム──。

「2-3から、馬龍のバックに横回転系のロングサーブを初めて出したんです。ところがそれを強く打ち返され、得点になってしまった。ずっと自分が小さくサーブを出していて、相手が前のめりになっていたので、ここで不意をつくロングサーブを打てば効くんじゃないかと思って出したんですけど、あまりにも技術の精度が低すぎたと思います。狙いはよかったんですが......。そのまま一気に2-7にまで持って行かれて。第6ゲームまでもつれて、馬龍も吹っ切れたんだと思います」

 このゲームを落とし、水谷は3位決定戦に回ることになった。しかし、絶対王者を相手にゲームカウント2-4の惜敗は、敗北というより、大善戦である。

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最終更新:8/13(土) 18:40

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