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失意のリオ世代に求められる五輪後の反骨心 “3戦全敗”を糧に進化を遂げた北京世代からの金言

Football ZONE web 8/13(土) 17:58配信

浦和でプレーする北京五輪経験者2人の証言 「世界との物差しができた大会」

 リオデジャネイロ五輪における日本代表の戦いは、1勝1分1敗の勝ち点4、グループ3位で敗退という結果に終わった。この大会をもって、オーバーエイジ枠の選手たちを除くU-23世代の選手たちは、年代別代表での活動を終了。これからは年齢の区別がないA代表へと戦いの場を移し、ワールドカップ出場を目指していくことになる。

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 近年、A代表の中核を担っているのは、1985~88年生まれの選手で構成された北京世代のメンバーたちだ。2008年に開催された北京五輪に本田圭佑(ACミラン)や長友佑都(インテル)、岡崎慎司(レスター)、内田篤人(シャルケ)、香川真司(ドルトムント/89年生まれだが飛び級で参戦)ら、現在欧州でプレーする多くの選手が出場。Jリーグ在籍選手でも西川周作(浦和)や森重真人(FC東京)らA代表の常連が名を連ねていたが、結果は3戦全敗。アメリカに0-1、ナイジェリアに1-2、オランダに0-1という惨敗ぶりで、日本が1996年アトランタ五輪から今回のリオ五輪まで6大会連続出場を続けるなかで、唯一の未勝利での敗退となっている。

 彼らはいかにして、年代別代表の集大成となる五輪での屈辱を糧に成長してきたのか。そこに2大会ぶりのグループリーグ敗退となり、失意を味わったリオ世代の選手たちの、進化へのヒントが隠されている。

 昨季レスターでプレミアリーグ初制覇の偉業を達成した岡崎よりも前に、イングランドのクラブであるサウサンプトンに在籍し、現在は浦和でプレーする李忠成は、北京での経験を「世界との物差しができた大会」と振り返った。

高い意識でプレーできるかが成長につながる

「僕たちは全部ボロ負けで壁を感じて、世界ってすごく面白いところなんだって思って、みんな移籍しました。若い頃から世界大会を経験できて僕も幸せだったし、リオに出た選手も幸せで今後に生きると思います。世界との物差しができるものなので」

 確かに前述したとおり、この世代の選手たちは若くして海を渡った選手が多かった。オーバーエイジ枠を使用しなかったこの大会で、18人の登録メンバーのうち12人が、現在までに海外クラブでのプレーを経験している。最終的な登録メンバーに入らなかった選手でも、同世代では槙野智章や梅崎司も海外でのプレーを経験した選手たちだ。

 李も2011年アジアカップでA代表デビューを果たすと、決勝のオーストラリア戦(1-0)では鮮やかなボレーシュートを叩き込み、日本にアジア王者のタイトルをもたらした。彼にとっても、五輪代表での活動が世界へ目を向ける大きな契機になったのだという。そして、Jリーグでプレーする上でも必要な経験になるのだと話した。

「リオではナイジェリアにはチェルシーの選手がいて、チェルシーにいるレベルの選手はどんなプレーをするかが分かったと思うし、僕らの時はアルゼンチンと練習試合をやって(アンヘル・)ディ・マリアやアグエロがいた。そういうところで物差しができる。それを基準にプレーするからJリーグでもうまくなったし、高みを目指すにしても標高の差が分かる。意識、判断のスピード、足りないところをどう補って長所を伸ばすのか。(香川)真司や(本田)圭佑も、みんなそうだと思う」

 技術を高め、サッカー選手として成長していくことを日々の目的とするなかでも、具体的なプレーレベルの差を経験できることは大きいのだという。かつてのJリーグには、ドラガン・ストイコビッチ(元名古屋)やパトリック・エムボマ(元G大阪ほか)、ワシントン(元浦和など)といったトップクラスの外国籍選手がいたが、現在はそうではない。世界大会での経験をもとに、いかに国内でも高い意識でプレーできるかが、選手としての成長につながる。

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最終更新:8/13(土) 17:58

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