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『ストリート・オーケストラ』監督が語る、スラム街の“奇跡”「音楽は人生を変えられる」

リアルサウンド 8/13(土) 15:00配信

 スラム街で生まれた交響楽団を描いたブラジル映画『ストリート・オーケストラ』が、本日8月13日に公開された。スラム街の子どもたちで結成されたエリオポリス交響楽団という実在の楽団をモデルにした本作は、ブラジル・サンパウロ最大のスラム街エリオポリスを舞台に、荒れた生活を送る子どもたちと、挫折したヴァイオリニストが奇跡を起こす模様を描いたヒューマンドラマだ。リアルサウンド映画部では、『セントラル・ステーション』や『ビハインド・ザ・サン』などのウォルター・サレス監督作品で助監督を務めた経験を持つ、セルジオ・マシャード監督にインタビューを行い、自身の実体験を反映した制作背景などについて話を訊いた。

■「音楽家の息子だった自分が、音楽家の父親になった」

ーー今回の作品は事実に基づいた舞台作品を映画化したものだそうですね。脚本にはあなたを含め4人の名前がクレジットされていましたが、脚本はどのように執筆されたのでしょうか?

セルジオ・マシャード(以下、マシャード):この作品を監督をすると決まった時、僕は別の映画の制作をしていて、自分で脚本を書いている余裕がなかったんだ。なので、プロデューサーがマリア・アデライデ・アマラルとマルタ・ネリングという2人の脚本家に依頼して、ベースとなる脚本ができあがった。ただ、これまで自分が監督してきた作品では、僕自身が脚本を書いてきたこともあって、その脚本にあまり満足できなかったんだ。もちろんいい部分もあったから、その脚本をベースに、改めて僕1人で脚本の執筆を行った。そして仕上げとして、仲がいいマルセロ・ゴメスという脚本家に参加してもらい、物語をよりパーソナルな形にしていった。僕らブラジルのフィルムメーカーたちは互いにとても密接な関係を築いていて、いろいろなことを話し合ったり、影響を与え合ったりしているんだ。ウォルター・サレスと仕事をする上でも一緒に脚本を書くことが多かったから、何人かで脚本を仕上げる作業には慣れていた。その経験が役に立ったとも言えるね。

ーー「物語をよりパーソナルな形にした」ということはあなた自身の経験も作品に反映されているのでしょうか?

マシャード:その通りだ。僕は10歳ぐらいの頃から映画監督になりたいと言っていたぐらい、昔から自分には映画しかないと思っていた。理由は自分でもよくわからないが、たぶん映画が大好きだったからだと思う。ちなみに、なかでも日本映画が好きで、1番好きな映画監督は黒澤明監督だよ。この作品の監督をする上では、自分にとってパーソナルな話ではないから、最初のうちはもしかしたら作れないかもしれないと思ったこともあったんだ。脚本を書いていても、自分の才能が失われてしまったかもしれないと、すごく悩んだ時もあった。そんな時にふと、主人公を自分のようにしたらどうだろうと考え始めたんだ。つまり、僕と同じように、本当にひとつのことだけしかできない人間が、ある日それをできなくなってしまったらどうするかーー。それをストーリーに反映させることにしたんだ。主人公のラザロにとってはヴァイオリンしかないけど、ヴァイオリンの演奏ができなくなってしまったら彼はどうするのか、どのように自分の自信を取り戻すのか、その道のりを描いてみることにしたんだ。この作品に出演してくれた子どもたちとは、今でもしょっちゅう会ったりしていて、僕にとって家族のような存在になっている。彼らとの関係を通して、僕は監督としての希望を見い出すことができたし、そういう意味ではすごくパーソナルな作品になったと言えるね。学んだこともすごく多かったよ。

ーー今回の作品においては音楽も重要な要素のひとつですよね。監督自身、音楽との関わりも深かったのでしょうか?

マシャード:僕の両親は音楽家だったんだ。それがこの映画を撮ろうと思った理由のひとつでもある。僕自身、オーケストラの中で育ったようなところがあったから、この映画は自分が経験してきたことへのオマージュでもあるんだ。これは偶然なんだけど、今回の映画を作ったことで、音楽家の息子だった自分が、今度は音楽家の父親になったんだ。僕には息子がいて、当時8歳の彼が撮影現場に遊びに来たことがあった。その時に、普段ゲームばかりやっている彼が、急にヴァイオリンをやりたいと言い出したんだ。そこで僕は、新しいゲーム機とヴァイオリンのどちらかを買ってあげると彼に言ったところ、彼はヴァイオリンが欲しいと答えたんだよ。そこから彼はヴァイオリンを初めたんだけど、とても才能があって、今度エリオポリス交響楽団の子ども部門のオーディションを受けることになっているんだ。

ーーそれはすごい巡り合わせですね。

マシャード:そうなんだ。それが僕自身と音楽との関係なんだけど、この映画の音楽においては、もうひとつ重要なことがあった。それは、クラシックとヒップホップを分け隔てなく同等に描くことだった。そのために、ブラジルのヒップホップ界を代表するクリオーロというラッパーにドラッグディーラー役で出演してもらったよ。エンドロールも何か特別なことがしたくて、ドラッグ絡みの事件で殺されてしまったラッパーのサボタージの楽曲「Respeito e lei(リスペクトすることが掟)」に、エリオポリス交響楽団がオーケストラアレンジを加えたものを使用した。これは後になってサボタージの息子から聞いた話なんだが、サボタージは生前、自分の楽曲をオーケストラで演奏してもらうことが自分にとって最大の夢だと言っていたらしいんだ。そういう意味でも、映画の中でクラシックとヒップホップを同じように扱えてよかったと思っている。どちらがどうという話ではないんだ。いい音楽とそうではない音楽があるだけで、モーツァルトのような才能を持っている人間はスラム街にも存在する。音楽は人生を変えられるし、音楽を通して自立心や自信を持つことだってできるんだ。

■「子どもたちと主演俳優ラザロ・ハーモスの関係が1番の魅力」

ーーエンドロールの話が出てきましたが、実話ベースの映画には、エンドロールの前に登場人物たちの“その後”がテロップで説明されることが多いですよね。今回の作品にはそれがありませんでしたが、自身の経験が反映されていることによるものなのでしょうか?

マシャード:実際にあった話と自分が経験したことをミックスしているから、エンドロールも含めて全体的により映画的な質感になったんだと思う。それに、この作品には僕の経験だけでなく、主人公のラエルチを演じたラザロ(・ハーモス)の実体験もミックスされているんだ。実は、当初ラエルチ役には別の俳優を考えていたんだ。僕の長編初監督作である『Lower City』に出演してもらっていて、『ナルコス』の主役で有名になったヴァグネル・モウラにお願いしようと思っていた。ラザロも『Lower City』に出演してもらっていて、彼にはラエルチの友人役でオファーをした。すると、彼は「役について自分からお願いしたことはないけど、今回は初めてお願いさせてほしい。僕にはどうしてもこの友人役は演じられない。僕はラエルチ役しかない演じられない」と言ってきたんだ。

ーーどのような理由で?

マシャード:彼曰く「ラエルチは僕自身で、これは僕のストーリーでもあるんだ」という理由だった。今はブラジルを代表するスターになっているけど、実はラザロ自身もスラム街出身で、幼い頃に母親を亡くし、飢餓も経験し、今回出演している子どもたちよりもさらに貧しい環境の中で育っていた。彼も、映画に出てくるような社会的なプロジェクトを通して師と仰ぐダンサーと出会い、それが彼の人生を変えるきっかけになったんだ。だからラザロには、「これは自分の物語として僕自身が綴らなければいけないんだ」という強い気持ちが備わっていた。僕はこの作品の一番の魅力は、子どもたちとラザロ本人の関係だったんじゃないかと思う。子どもたちにとっては、ラザロは将来なりたい自分であり、ラザロにとっては、子どもたちはかつての自分だった。貧しい子どもたちと大スターという関係ではなく、スラム街出身の彼らが同じ立場でリアルな関係性を築いてくれたことは、本当に素晴らしかったよ。

宮川翔

最終更新:8/13(土) 15:00

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