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萩市長と会津若松市長は握手したことがない!? 戊辰戦争の“終戦”はまだ先?

HARBOR BUSINESS Online 8/13(土) 16:20配信

◆いまだ対立が続く? 萩市と会津若松市

 まもなく終戦記念日を迎える。「このあいだの戦争」といえば、71年前の8月15日に終わった太平洋戦争を思い浮かべるが、そうではない地域が日本にはある。福島県では、今も148年前の1868年(明治元年)9月22日に降伏した“会津戦争”を指す。

 会津戦争とは、幕末の会津藩(現在の福島県)が、薩摩藩(鹿児島県)・長州藩(山口県)・土佐藩(高知県)を主力とした新政府軍と戦った戊辰戦争の局地戦だ。徳川家の一門だった会津藩主・松平容保は、新選組を配下に置く京都守護職を務め、討幕を目指す薩摩・長州と激しく争った。しかし、幕府が朝廷に政権を返上した大政奉還(1867年)を受け、会津藩は新政府に恭順の意を示したにも関わらず、賊軍とされ、郷土を踏みにじられた。

「そんな昔のこと」と思うかもしれないが、その恨みは今もなお消えていない。会津戦争から120年を前にした1987年に、長州藩の藩府だった山口県萩市から、会津藩の城下町だった会津若松市へ友好都市提携の申し入れがあったが、市民の猛反発で頓挫(とんざ)。さらに、打診に前向きだった会津若松市長は翌年の選挙で落選の憂き目にあった。2007年には、参院福島補選で応援に入った安倍晋三首相(山口県出身)が「(会津戦争で)先輩がご迷惑をかけたことをお詫びしなければならない」と謝罪したが、自民党候補が当選することはなかった。そこまで許せない理由は何なのか。

◆なぜ、山口県だけが恨まれるのか

 戊辰戦争では、鳥羽・伏見の戦い、北越戦争、五稜郭の戦いなど数々の激戦があったが、とりわけ会津戦争は凄惨を極めた。有名な“白虎隊の悲劇”だけでなく、婦女子も巻き込まれた攻城戦で、兵力の三分の一にあたる約3000人が死亡。さらに降伏後も、戦死した会津藩士の遺体の埋葬を1年間も許されず、藩士とその家族1万7000人余りが斗南(現在の青森県むつ市)に強制移住させられ、飢えと寒さで死者が続出する辛酸をなめた。

 その福島県民の憎しみは、鹿児島県や高知県には向かず、なぜか山口県にだけ一身に注がれている。それは、1877年(明治10年)に薩摩の西郷隆盛が鹿児島県士族を率いて反乱した西南戦争で、元会津藩家老の佐川官兵衛を中心とする会津人部隊が活躍して鎮圧したことで“敵を取った”から。そして、会津戦争で新政府軍の指揮を執った土佐の板垣退助は、後に自由民権運動で薩長を中心とする藩閥政府に対抗したことで“同志”となったということらしい。

◆俳優・西田敏行もその確執について語る

 筆者は、幕末の会津藩を舞台にした2013年放送のNHK大河ドラマ「八重の桜」で、会津藩家老・西郷頼母役を演じた俳優の西田敏行さんにインタビューをしたことがある。福島県郡山市出身の西田さんは、その時に「子供のころから地元のお年寄りに“薩長憎し”の話を聞いてきました。大人たちが『このあいだの戦争はよう』というと太平洋戦争ではなく、戊辰戦争の話なんですよね。僕も山口県の人と聞くと、ちらっと意識することがあった」と話していた。また、西田さんは、1977年放送の大河ドラマ「花神」で長州の山県有朋、1990年放送の大河ドラマ「翔ぶが如く」では薩摩の西郷隆盛を演じているが、「山県を演じた時は、地元の友人からいろいろと言われましたね。でも、なぜか西郷を演じた時は、みんな許してくれたんですよ」と苦笑いしていた。

◆こじれた関係は修復可能か

 こじれた因縁を断ち切ることはできないのか。実はいい先例がある。同じ幕末の1860年には、彦根藩(滋賀県彦根市)の大名でもある幕府の大老・井伊直弼が、水戸藩(茨城県水戸市)浪士に殺害された桜田門外の変が起きている。水戸市と彦根市は1968年に友好都市となり、約100年ぶりに和解している。また、「忠臣蔵」としてお馴染みの赤穂浪士の討ち入り(1703年)では、兵庫県赤穂市が毎年「忠臣蔵サミット」を行っているが、敵の吉良上野介の領地だった愛知県吉良町(2011年に西尾市と合併)も1993年から招待されている。

◆会津戦争集結150周年で今度こそ仲直り!?

 再来年は、会津戦争終結から150年の節目となる。1987年の友好都市提携の打診をきっかけに、萩市と会津若松市では市民レベルの交流が本格化し、それぞれの市長も両市を訪れるなど歩み寄りが始まっている。それでも「公の場では握手はできない」と、わだかまりは消えず、130年、140年の節目でも機は熟さなかった。しかし、東日本大震災では、萩市が会津若松市に支援の手を差し伸べるなど、両者は心を通わせてきた。そろそろ長州を許してあげてもいいと考える会津の人たちは少なくないだろう。

<文/中野龍 写真/Tomo.Yun >

【中野龍】

1980年東京生まれ。日本大学文理学部史学科(日本近現代史専攻)卒。毎日新聞「キャンパる」学生記者、化学工業日報記者などを経て、フリーランス。

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最終更新:8/14(日) 10:28

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