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リオ五輪バスケ最年長。39歳のマヌ・ジノビリに残された大事な役割

webスポルティーバ 8/14(日) 19:30配信

 4年前――。ロンドン五輪でアルゼンチンが3位決定戦に敗れてメダルを逃したとき、マヌ・ジノビリ(SG/サンアントニオ・スパーズ)はリオ五輪のことを考えてもいなかったという。

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※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

 リオ五輪直前の7月28日に誕生日を迎え、彼は39歳になった。アルゼンチン代表のなかで一番年上であるだけでなく、今回のオリンピックに出ている男子バスケットボール12チームのなかでも最年長だ。この数年は、ほとんど毎夏のように引退を考えた。リオ五輪に出ると思ってもいなかったのも、そのためだった。

「今回のオリンピックが来るころには、とっくに引退していると思っていた。まだここにいるなんて、まったくクレイジーだ」と、ジノビリは言う。

 昨年夏のアメリカ大陸予選は欠場したが、出場した4歳年下のルイス・スコラ(PF/ブルックリン・ネッツ)らが準優勝を果たし、オリンピック出場権を勝ち取ってくれた。

「昨シーズン(2015-2016シーズン)は、チーム(サンアントニオ・スパーズ)を助けられるぐらい健康に過ごすことができた。バスケットボールも楽しんでいた。だから、今回のオリンピックに出るというのは簡単な決断だった」

「(アルゼンチン代表の)若い選手たちと力をあわせて、彼らを助け、できるかぎりチームに貢献したい。オリンピックを楽しみたい」

 リオ五輪の本番を前に、ジノビリは心境をこう語っていた。

 2004年アテネ五輪から数えて連続4回目のオリンピック出場となるジノビリ。アテネで金メダル、北京で銅メダルを取り、ロンドンでは3位決定戦で敗れた。代表デビューしたのは21歳のとき、1998年のアテネ世界選手権。それから18年にわたり、アルゼンチン代表として戦ってきた。

 ジノビリを筆頭とするアルゼンチンの黄金世代は、世界のバスケットボールに衝撃を与えた。代表チームであっても継続性が重要で、チームが一体となるケミストリーを育てることができれば、世界の頂点に立てることを示した。

 今回のアルゼンチン代表は、ジノビリを筆頭に黄金世代を経験している選手が4人いる一方で、26歳以下――次の世代の選手たちがチームの半分以上を占める。

「今回のチームメイトのなかには、僕が(1995年に)プロになってから生まれた選手もいるんだ。1998年の世界選手権を覚えている人がいるかと聞いたら、誰も覚えていなかった。(若い世代は当時)3歳、4歳、5歳、6歳ぐらいで、記憶にないと言われた。僕はそのとき、もう試合に出ていたんだからね」と、15歳以上若い選手たちとの差を改めて痛感した。

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最終更新:8/14(日) 19:30

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